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 高耶と千秋が帰宅してみると、郵便受けに宅配便の不在票が入っていた。
「おめー宛てだぜ」
 千秋に言われて高耶が紙に書かれた番号にかけてみると、タイミングが良かったらしくすぐに配達に来てくれた。
「外国からだ……」
 発送元は会社の名前のようで、ラッピングがクリスマス仕様となっている。
 そう、今日は12月24日。
 クリスマス・イヴだ。
「爆弾ってことはねえだろ。開けてみろよ」
 千秋に促された高耶は、それをリビングへと持ち込んだ。
 包装紙を破ってみると、細長い木箱が現れる。
 その箱の中で厳重に梱包されていたのは………。
「………ワイン?」
「まーた、高そうなもんだな」
 高耶が添えられてあったカードをみると、記名などはなくただメリークリスマスとだけ印刷されている。
 千秋がキッチンからコルク抜きと硝子のコップをひとつ、持ってきた。
「開けるぜ?」
「おい………」
 許可を貰うまでもなく手早く開栓してしまった千秋は、少しだけをコップに注ぐとすぐに口をつけた。
 高耶は呆れ顔でそれを眺めている。
「おまえな……」
「毒見毒見。……うわ、重ぇ。お子様にはちょっと無理なんじゃねーの」
 渋い顔をしてみせた千秋はいれた分だけを飲み干すと、それ以上は飲まずにコップを置いた。
 再度宛名に目を通していた高耶が眉間に皺を寄せて言う。
「フランスって書いてある。誰からだ?」
「さあな」
 千秋は、高耶の脳裏に浮かんでいるであろう男の名前は敢えて言わなかった。
「ま、せっかくのイヴだ。楽しめよ」
 それだけを言って、自室へと下がった。そして入ってすぐ、クローゼットを開ける。
 そこにはやはりクリスマスのラッピングがされたプレゼントらしき箱がしまわれていた。
 おもむろに携帯電話を取り出した千秋はその箱の前で、どこかへと電話をかけ始める。
 やがて出た男の声色に、千秋は一瞬、顔を歪めた。
『もしもし』
 声は全く違うのに、そのトーンやアクセントが似ているから、電話越しだとたまにどきりとさせられる。
「俺相手に物真似はやめろって言ってんだろ、小太郎」
 高耶に話し声が聞こえないように声を潜めながら、千秋は言った。
『万全を期すためだ』
 動じることのない小太郎の口調に、千秋は大きくため息をついてから話を続ける。
「お前さ、景虎にワインなんて送ってねえよな?」
『ワイン?何故だ』
「………いや、いいんだ」
(よく考えりゃあ、こいつがそんな気をきかせる訳がねーしな)
 それが出来るようなら、高耶との関係ももうちょっとマシなものになっていただろう。
「今さ、景虎宛てにワインが送られてきたわけ。だからもし景虎にそのことを聞かれたら、自分が贈ったって言えよ」
『……何故だ?』
「いーから。ただそう言やいいから」
 千秋はいちいち説明するのも面倒臭い。説明したところで小太郎にわかる訳もない。
 まだ何か言いたそうな小太郎の電話を切って、今度は綾子へと電話を掛けた。
───お前か?」
 電話をとってすぐそう尋ねられた綾子は、ちんぷんかんぷんで答えた。
『はぁ?何がよ』
 事情を説明すると、すぐに否定の言葉が返ってきた。
『私じゃないわよ?』
「んじゃあ、誰だってんだよ」
『ちょっと、怪しいわね………。どっかの怨将からってことはない?飲んで大丈夫なのかしら?』
「一応味見してみたけど、だいじょーぶだったぜ?」
『あんたの味覚じゃ、全然当てになんないわよ』
 大体あんたは、といつもの綾子節が始まる。
 けれど今日のような日は、綾子の軽口もなんだか空しいだけだ。実は今千秋の目の前にあるプレゼントは、千秋が直江からだと偽って高耶に渡そうと準備していたものだったのだ。
(無駄になっちまったな)
 謎のクリスマスプレゼントの贈り主の推理どころか、独りですごすイヴへの愚痴になり始めていた綾子の電話を早々に切って、千秋はもう一度リビングへと戻った。
「景虎ぁー、さき風呂入んぜ──……」
 見ると高耶は、ソファに横たわってぐっすりと寝込んでいる。
 この短時間で、ワインの中身がかなり減っていた。
 ほんのり赤みの差した頬に、安らかな寝顔。
(まあ、今日くらいはゆっくり休ましてやるか)
 目覚めればまた、苦しい現実が待っている。
 別室から毛布を持ってくると、高耶にそっとかけてやった。
 最近、高耶があまりよく休めていないことは、千秋も気付いている。
 この安眠こそが、高耶にとっては最大の贈り物になったかもしれない。
 その寝顔をしばらく眺めていたら、既に懐かしくすらあるあの男の声が、どこかから聞こえた気がした。

前編 ≪≪     ≫≫ 後編
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口づけをするその瞬間、男は何を思ったのだろう。
やっと楽になれると安堵していたのだろうか。
永遠に彼を失うという恐怖は少しも抱かなかったのだろうか。
その接吻の味は、甘かったのだろうか。苦かったのだろうか。

男にとってのハッピーエンディングは、きっとひとつしかありえなかった。
男の抱く想いと同じ想いを彼が抱くこと。
それを感じることが出来て初めて、男は救われるはずだった。
そんな日は永遠に来そうもないと知った男が、苦悩の果てにあの口づけを選んだのだとしたら、自分ほどその心情が理解できる人間はいないかもしれない。

銀貨30枚を言い訳に男が為した行いは、結果的に彼の昇天への呼び水となった。
それこそが男の目的だったのだと云う者も、後の世にはいる。
また、彼が信頼すべき男に"裏切り"の役をやらせたのだと云う者も。
それを聞いて男はどう思うだろう。
誰よりも彼に近い存在だったから為せたのだと、自慢気に頷くだろうか。
キレイ事で片付けるなと、怒鳴り散らすだろうか。
どちらにしても、男が自身の真の望みから目を背けたことには変わりがない。
そのせいで、彼は永遠に男のものにはなり得なくなった。

自分は男のようにはなりたくない。
いや、ならない、とここに誓う。
彼がどうしても天を目指すと言うのなら、自分に出来うる限りの力を手に入れて、昇れる限り上へと向かう。
悪魔に売り渡すなど、以ての外だ。
自分は彼をひとりきりで天にやったりはしないし、ひとりきりで悪魔と闘わせたりはしない。

自分の抱く想いとなにひとつ変わらないものを、彼が抱けないというのなら、自分の抱く想いを変えてやればいい。
彼の目線に立って彼が見ているものを見ることができれば、きっと自分は変わることが出来る。
最も高い場所で、これまで以上の高いレベルで彼との駆け引きが出来る。

私とあなたの最上。

端から見れば今の自分の状況は、裏切り以外の何ものでもないだろう。
あるいは今までの私と差分なく見えるかもしれない。
あなたを克服しようと足掻く憐れな人間に見えるかもしれない。
けれどこの足掻きは私のためだけでなく、あなたのためでもある。
あなたは今まで通りに天を目指し、それでいて孤独でなくなるのだ。
そのために今は力が欲しい。
裏切りと呼ばれてもいい。
あなたを裏切ることで、私たちの道がひらけるのだとしたら。
今、あなたのためにこそ口づける。

彼の生まれた夜に祝福を。
男の愛と苦しみが生まれた夜に祝福を。
彼と男の悲しくて美しい結末に祝福を。
聖なる血で満たした杯を掲げよう。
この杯には今夜、特別な力が宿る。

≫≫ 中編


 やっと定宿へと戻って来たのは、23時を過ぎてからだった。
 シャワーを浴び、申し訳程度の肌の手入れなんかをしていたら、時間が経つのはあっという間だ。
 突如鳴った部屋の呼び出し音に、こんな時間になによと備え付けの時計を見れば、その針はすでに0時を回っている。
 非常識者は、ルームサービスのボーイだった。
 華やかな生花となんだか高そうなシャンパンをにこやかな笑みで室内に運び込まれて、頼んでないとも言い出せない。
 ボーイが去った後で、花に添えられたカードをみつけた。
 無記名のカードには、よく知った字で"HappyBirthday"とだけ書かれている。
 それを見たところで初めて、日付が変わって自分の宿体・門脇綾子がとうとう二十歳になったのだということに気が付いた。
「すっかり忘れてたわ………」
 ここ数日はとある人物をひたすら尾行しているだけの毎日だったから、日付をあまり気にしていなかったせいだ。
「………にしても、過剰演出よね」
 もちろんカードに名前などなくとも、これが誰の仕業かなんてわかりきっている。
 門脇綾子の誕生日を知り、いま自分がこの部屋に泊まっていることを知り、更にこんな気障な真似をする人間は、この世にひとりしかいない。
 ついさっきまで一緒だった、はす向かいの部屋に泊まっているあの男だ。
 綾子はシャンパンとグラスをふたつ、手に取ると、自室のルームキーをポケットに入れて男の部屋へと向かった。
 数秒で到着してしまう男の部屋のチャイムを鳴らせば、向こうも察していたのか誰何の声も無く扉が開く。
「こんな日に独りで飲ませるつもり?」
 綾子がそういうと、直江信綱はいつもの微笑で部屋へと招き入れてくれた。
「今週分の報告書には目を通したのか」
 ガラステーブルの上に広げられていた書類は、全国に散らばる《軒猿》からの報告書だ。
 直江はそれを読み込んでいたらしく、ところどころ分析したような書き込みも見受けられる。
「今日くらい大目に見てよ」
 綾子だって普段は自分の担当区域の報告書はきちんと読んでいる。直江に比べればその範囲はかなり狭いけれど、学業との両立を考えればそれで手一杯なのだ。
「………今日だけだぞ」
 眉を八の字にした直江は、慣れた手つきでシャンパンを開栓し、グラスに注いでくれた。
 その動作をぼんやりと眺めていた綾子の胸に、様々な想いが過ぎっていく。
 四百年前、出会った頃はあれだけ憎たらしかったこの男も、今ではもしかしたら一緒にいて一番落ち着く相手かもしれない。
 なんといって今やふたりだけの夜叉衆だ。
 直江にとっても景虎の話を出来る唯一の相手なのだから、綾子としても多少の信頼はかっているつもりだ。
「やっと、解禁ね」
 手渡されたグラスを、綾子は満面の笑みで受け取った。
 アルコールが合法になる年齢を、待ち望んでいたのだ。実にやっかいな「未成年飲酒禁止法」なるものが制定された際、自分ほど憤慨した人間はいなかったかもしれない。
「乾杯」
 グラスを合わせてから、発泡する金色の液体を少しだけ眺めて、口へと流し込んだ。
「はぁ~、おいし♪」
 もちろん隠れて呑むことはしょっちゅうだから全く初めてのアルコールという訳ではないのだが、やはり格別なものがある。
 けどねえ、と綾子は直江の顔をみた。
「あんたとふたりじゃ、いつもとたいして変わんないわね」
 直江は綾子の飲酒を決して許しはしなかったから、ふたりで酒を酌み交わすのはこの宿体になって初めてのことだったけれど、なんだか全く初めてのような気がしない。
「贅沢をいうな」
 やはりいつもと変わらない調子の直江にそう言われて、ちょっぴり浮かれていた自分を戒めたくなってきた。
「………そうね。ほんとなら、祝える立場じゃないものね」
 忘れる訳もない、その事実。
「何がハッピィよね。毎年この日だけは、嬉しそうなパパとママの顔をみるのがつらいのよ」
 誕生日=換生日だ。アルコール解禁は嬉しくても、罪の重さを軽くはしてくれない。
「家族にとっては、おまえを授かった日に変わりはないはずだ」
 直江はあっという間に空けてしまった綾子のグラスに二杯目を注ぎながら言った。
 そういう直江こそ、相変わらず黒服を纏っている。
「そんな服着て言われてもねえ」
 綾子がそう言うと、直江も自分のグラスを飲み干して二杯目を注ぎ始めた。
「昔、こんな風に言われたことがある」
 グラスに飛び込んでいく液体の音が、爽やかに部屋に響きわたる。
「歳を重ねることを喜べないのは、自分が以前より不幸になったと感じているからなんだそうだ。そしてそのことは、周囲の人間をも不幸にしてしまう、と」
「ふうん、なるほどね。女の人にでも言われたの?」
 直江は小さく首を振った。
「誕生日を祝ってもらって笑顔のひとつもみせない俺に、父が言ったんだ」
 グラスの中の気泡をみつめながら、直江はその頃を思い出すように喋る。
「俺はその当時、正直誕生日どころではなかったんだが、自分が喜ばないことで家族が不快になることは間違いないと悟った。それ以来俺は、この命を1年間繋ぎとめられたことだけには感謝するようにしている」
 自分達は、この宿体を奪った時点で目に見えぬ不幸を背負わせているのだから、と直江は言う。それ以上負担はかけないためにも、何とか誕生日気分を盛り上げなくてはならないということだろうか。
「そうね……。1年間がんばってきたことのお祝いだと思えばいっか」
 二杯目も飲み干してしまった綾子は、直江に三杯目を催促する。
「それに、私は以前より不幸だとは思ってないわ」
 大好きなあの人にはまだ会えていないけれど、進展がないという意味では悪化もしていない。
 幸福への距離は、変わらない。
(………そうじゃないわ)
 幸福も何も、本当なら幸せなど求めてはいけない立場だ。
 自分がいまこうやって、心穏やかに大事な人を待っていられるのは、それをしてもいいと許してくれた景虎のお陰だ。景虎が許してくれたことで、自分の心は世間に対する免罪符までも手に入れたのだと綾子は思っている。
 その免罪符に報いるためにこそ、自分は使命を果たさねばならない。
「………そうなんだけどね」
 《軒猿》たちがいるとはいえ、《闇戦国》が活性化してきた今、ふたりだけで怨霊調伏となるとなかなか忙しい。
 景虎の、あの頼もしい声や力強い眼差しが無性に恋しく感じられた。
 会ってよくがんばってると一言褒めてもらえたらどんなに気が楽になるか。
 直江は時折グラスを口に運びながら黙ったままだ。
 その心がいつだって景虎を求めて彷徨っていることを知っている。
 少し大きめの窓に視線をやると、外には街の灯りが無数に散らばっていた。
 あの中のどれかが景虎だという可能性だって無いとは言えない。
「景虎に、会いたい」
 そう言うと、直江が驚いたようにこちらをみた。
 声に出すとますます恋しくなってくる。
「ね、もっかい乾杯しよう」
 明るい声になるように気をつけながら、綾子は言った。
「何にだ」
 景虎に会えるように、とは言わない。
「もちろん、アルコールの解禁日に」
「………そうだな」
 直江は静かに微笑むと、綾子に向かってグラスを掲げた。


 まるで雪に恋でもしているようだ。
 卓上ライトだけの薄暗い部屋で、暖房器具もつけずに飽くことなくひとり雪を眺めている。
「風邪をひくぞ」
 照弘が声をかけると、末の弟はやっと振り向いた。
「兄さん」
 後ろからずっと見ていたことにも気付いていなかったらしい。
「どうだ、調子は」
「まあ、変わらずです」
 現在、弟は高校入試に向けて受験勉強中だ。
 母親はかなり気を揉んでいるようだが、照弘としてはあまり心配していない。
 意外にしっかりしたところがあるのだと、やっと最近気付いた。きっと志望校にも合格できるだろう。
 ちゃんと成長しているのだ、弟は。精神的な面だけでなく、身長だって伸び盛りだ。照弘の背丈を越えるのも、もうすぐなのではないだろうか。
「あっという間だな」
 "あんな"だった弟が、高校生とは。少しどころかかなり感慨深いものがある。
 その気持ちが伝わったのか。
「兄さんのおかげです」
 真っ直ぐな瞳で、畏まって言われた。
「やめてくれ。慣れないことされると不安になる」
 そう返すと、弟は自然な笑顔を作った。
 いつからそんな風に笑えるようになったんだったか。
「ほら」
 机の上に、ラッピングされた箱を無造作に置いた。
 照弘はこれを渡しに来たのだった。
「親父さんからだ」
 弟はそれを見て一度目を丸くしてから、申し訳なさそうに言った。
「こんな高価なもの……」
 包装紙のメーカー名ですぐに中身がわかったのだろう。
 中には腕時計が入っている。
 照弘が初めて時計を買ってもらったのは、大学に入ってからだった。
 確かにちょっと早いかと思うが、弟の左手首にはちょっと目立つ傷がある。それを隠すためのものなのだ。
 ただ、高校生がこんなブランド物を身につけていたら、逆に目を引いてしまいそうだが。
「お夕飯できましたよ。あら、そんな格好で寒くありませんか」
 いつも夕飯が完成すると一番に弟を呼びに来る母親は、相変わらずの過保護だ。
 セーターを着込んでいる弟に比べたらシャツ一枚の照弘の方がよっぽど薄着だと思うのだが、まあ、いつものことだから何も言わない。
「大丈夫です」
 答える弟も苦笑いを浮かべている。
「冷めないうちに食べてしまいましょう。ほら、照弘も」
 あからさまについでに呼ばれて、仕方なく返事をした。
 弟がライトを消したから、部屋には雪に反射して明るさを増した月光が、見守るようなあたたかさで静かに降り注ぐ。
 母親、照弘に続いて最後に部屋を出た弟は、いま一度、まるで愛しい人間がそこにいるかのように雪景色を見つめると、丁寧に襖を閉めた。

IV ≪≪


 笑顔はいい、と思う。
 特に子供の笑顔は無邪気で、心が救われる気持ちがする。
 色部は今別れたばかりの四百年来の仲間の笑顔を思い返す。
 思えば今生は、人の泣き顔ばかりを見てきた気がする。
 人の死に立ち会うことの多い仕事だ。
 もちろん過去にはその医師免許を最大の武器として全国各地の病院を渡り歩きながら、人探しをしていた自分には文句などは言えない。
 そうなのだ。
 色部は人を探している。
 今この瞬間も気配を探りながら歩いている。
 終わりの見えない厳しい闘いのことを思い出して、思わずため息が漏れた。
 例え尋ね人が見つかったとして、その先にあるものもまた、"怨霊"という漠然としたものとの終わり無きいくさなのだ。
 使命の為に戦うのならば、感情は必要ない。ルールさえ、理解していればいい。
 けれど、愛情や友情や義心、そういうものは、抱かずにいられるものではない。
 一時だけの曖昧な感情はもういい、と思っても必ず心に生まれてくる。
 色部はそこが、人の愛すべきところだと思ってはいるのだが。
 曖昧なものを胸に、漠然としたものと戦う日々。
 それが延々続くとなると、一時のものでない永遠の感情を己のものとしている仲間たちを、羨ましいと思わない訳でもない。
 自分のためだけに笑ってくれるひと。そのひとの事だけを想って生きる日々。
 けれど想像はすぐに霧散してしまう。
 上杉と縁を切るといって行方をくらませたあの自由な男の心情は、自分が一番理解できるのかもしれなかった。
 冷たい空気に身を震わせて空を見上げると、本格的に吹雪き始めてきた。
 昨晩よりも積もるのかもしれない。
 視線を再び前方へと戻した。
 己の中に確固たる理由を持たない人間には、その人間なりのやり方がある。
 誰よりも眩く純粋な理由をもつ軍神と、その元に集いし仲間の為に。
 例え猛吹雪の最中でも闘い続けよう。
 色部は確固たる足取りで、吹き荒む風のなかへ消えていった。

III ≪≪     ≫≫ V
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短編Index
   





























        










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