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短編Index


 まるで雪に恋でもしているようだ。
 卓上ライトだけの薄暗い部屋で、暖房器具もつけずに飽くことなくひとり雪を眺めている。
「風邪をひくぞ」
 照弘が声をかけると、末の弟はやっと振り向いた。
「兄さん」
 後ろからずっと見ていたことにも気付いていなかったらしい。
「どうだ、調子は」
「まあ、変わらずです」
 現在、弟は高校入試に向けて受験勉強中だ。
 母親はかなり気を揉んでいるようだが、照弘としてはあまり心配していない。
 意外にしっかりしたところがあるのだと、やっと最近気付いた。きっと志望校にも合格できるだろう。
 ちゃんと成長しているのだ、弟は。精神的な面だけでなく、身長だって伸び盛りだ。照弘の背丈を越えるのも、もうすぐなのではないだろうか。
「あっという間だな」
 "あんな"だった弟が、高校生とは。少しどころかかなり感慨深いものがある。
 その気持ちが伝わったのか。
「兄さんのおかげです」
 真っ直ぐな瞳で、畏まって言われた。
「やめてくれ。慣れないことされると不安になる」
 そう返すと、弟は自然な笑顔を作った。
 いつからそんな風に笑えるようになったんだったか。
「ほら」
 机の上に、ラッピングされた箱を無造作に置いた。
 照弘はこれを渡しに来たのだった。
「親父さんからだ」
 弟はそれを見て一度目を丸くしてから、申し訳なさそうに言った。
「こんな高価なもの……」
 包装紙のメーカー名ですぐに中身がわかったのだろう。
 中には腕時計が入っている。
 照弘が初めて時計を買ってもらったのは、大学に入ってからだった。
 確かにちょっと早いかと思うが、弟の左手首にはちょっと目立つ傷がある。それを隠すためのものなのだ。
 ただ、高校生がこんなブランド物を身につけていたら、逆に目を引いてしまいそうだが。
「お夕飯できましたよ。あら、そんな格好で寒くありませんか」
 いつも夕飯が完成すると一番に弟を呼びに来る母親は、相変わらずの過保護だ。
 セーターを着込んでいる弟に比べたらシャツ一枚の照弘の方がよっぽど薄着だと思うのだが、まあ、いつものことだから何も言わない。
「大丈夫です」
 答える弟も苦笑いを浮かべている。
「冷めないうちに食べてしまいましょう。ほら、照弘も」
 あからさまについでに呼ばれて、仕方なく返事をした。
 弟がライトを消したから、部屋には雪に反射して明るさを増した月光が、見守るようなあたたかさで静かに降り注ぐ。
 母親、照弘に続いて最後に部屋を出た弟は、いま一度、まるで愛しい人間がそこにいるかのように雪景色を見つめると、丁寧に襖を閉めた。

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