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短編Index


口づけをするその瞬間、男は何を思ったのだろう。
やっと楽になれると安堵していたのだろうか。
永遠に彼を失うという恐怖は少しも抱かなかったのだろうか。
その接吻の味は、甘かったのだろうか。苦かったのだろうか。

男にとってのハッピーエンディングは、きっとひとつしかありえなかった。
男の抱く想いと同じ想いを彼が抱くこと。
それを感じることが出来て初めて、男は救われるはずだった。
そんな日は永遠に来そうもないと知った男が、苦悩の果てにあの口づけを選んだのだとしたら、自分ほどその心情が理解できる人間はいないかもしれない。

銀貨30枚を言い訳に男が為した行いは、結果的に彼の昇天への呼び水となった。
それこそが男の目的だったのだと云う者も、後の世にはいる。
また、彼が信頼すべき男に"裏切り"の役をやらせたのだと云う者も。
それを聞いて男はどう思うだろう。
誰よりも彼に近い存在だったから為せたのだと、自慢気に頷くだろうか。
キレイ事で片付けるなと、怒鳴り散らすだろうか。
どちらにしても、男が自身の真の望みから目を背けたことには変わりがない。
そのせいで、彼は永遠に男のものにはなり得なくなった。

自分は男のようにはなりたくない。
いや、ならない、とここに誓う。
彼がどうしても天を目指すと言うのなら、自分に出来うる限りの力を手に入れて、昇れる限り上へと向かう。
悪魔に売り渡すなど、以ての外だ。
自分は彼をひとりきりで天にやったりはしないし、ひとりきりで悪魔と闘わせたりはしない。

自分の抱く想いとなにひとつ変わらないものを、彼が抱けないというのなら、自分の抱く想いを変えてやればいい。
彼の目線に立って彼が見ているものを見ることができれば、きっと自分は変わることが出来る。
最も高い場所で、これまで以上の高いレベルで彼との駆け引きが出来る。

私とあなたの最上。

端から見れば今の自分の状況は、裏切り以外の何ものでもないだろう。
あるいは今までの私と差分なく見えるかもしれない。
あなたを克服しようと足掻く憐れな人間に見えるかもしれない。
けれどこの足掻きは私のためだけでなく、あなたのためでもある。
あなたは今まで通りに天を目指し、それでいて孤独でなくなるのだ。
そのために今は力が欲しい。
裏切りと呼ばれてもいい。
あなたを裏切ることで、私たちの道がひらけるのだとしたら。
今、あなたのためにこそ口づける。

彼の生まれた夜に祝福を。
男の愛と苦しみが生まれた夜に祝福を。
彼と男の悲しくて美しい結末に祝福を。
聖なる血で満たした杯を掲げよう。
この杯には今夜、特別な力が宿る。

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