てっきり一緒に飲むのものだと思った千秋がさっさと自室に入ってしまったから、高耶は突然のギフトをぼんやりと眺めていた。
こんなことをするのは………出来るのは、直江しかいないと思う。
けれど本当に?だったら何故、名乗らない?
(大体なんで直江しかいないなんて言える?)
自分はきっと、ただ直江であって欲しいと願ってるだけで、このワインが直江からである証拠はどこにもない。
直江に"直江らしい行為"を期待するのは、もう疲れてしまった。
ワインの瓶を手に取った高耶は、コップにも注がずいきなりラッパ飲みをした。
高いものなのだろうが、全く美味しいとは思えない。
千秋の持ってきた硝子のコップを見つめた。
この家にはワイングラスなんてお上品なものだって、置いてない。
こんな飲み方をして、昔だったらきっと嫌みったらしく説教された、とそこまで考えて、高耶はため息をついた。
昔だったら。前だったら。最近はそればかりだ。
本当はこんなもの、ひとりで飲みたくなんかない。こんなワインなんて欲しくはなかった。
欲しいものは、もっと別のものだった。
気が付くとぐいぐいと酒が進んで、いつのまにかソファに横になっていた──……。
夢の中で、男は泣いていた。
赦しを求めて泣いていた。
いったい何の赦し?
───もう終わりにして……!
まだだろう?
まだ上があるんだろう?
なあ、直江。
お前は今、何を見ているんだ。
お前には今、何が見えているんだ。
今のお前の見ているものが、オレにはわからない。
湧き上がってくる感情がどうにも処理しきれなくなって、叫びだしそうになった高耶の背後から、不意に耳になじんだあの声が聞こえた。
「メリークリスマス、高耶さん」
振り返ると、男は立っていた。
なおえ……
こんな夢はしょっちゅう見る。
だけどその声の響きは、過去のものをなぞっただけのものとはまるで違った。
「乾杯をしましょう」
いつの間にか直江の手には先程のワインがある。
直江はワインをぴかぴかに磨かれた綺麗なワイングラスへと注いだ。
興奮や期待に似た感情のせいで早くなる鼓動を、これは夢なんだからと言い聞かせながら答える。
それ、うまくない
「あなたの口にあうように飲みやすいものを選ぶこともできたんですが」
直江がワイングラスを手渡してくる。
「これは特別なものだから」
………仏教徒だぜ、オレら。クリスマスなんて
「そうでしたね。ならそれぞれ好きなことを祝いましょう。私は……そうですね、あなたの生まれた日に」
オレ?誕生日はまだ先だぜ
「生まれてきたことを祝うのに、日付は関係ありませんよ」
そんなのヘンだと高耶は口を曲げた。
それを見て直江は笑う。
「さあ、あなたは何にします」
オレ?おもいつかねーな
「何でもいいんですよ。最近、あったいいこととか」
いいこと……?
首をかしげていた高耶は、やがて思いついたように言った。
じゃあ、この夢に
「高耶さん……」
直江は一度俯いて、痛みに耐えるような表情をしてから顔を上げた。
「では」
グラスを持ち上げる。
「乾杯」
グラスを軽くあわせるとチンといい音が鳴った。
高耶は自分のグラスを一気に空にした。
飲み干して、やっぱり味が……と苦い顔をしていると、直江がこちらを見つめていた。
「あなたのことは神にも悪魔にも渡さない」
………直江?
「私があなたをその場所から救ってあげる」
"その場所"の意味がはっきりわかった訳ではなかったけど、高耶は笑って言った。
うそつき
「うそじゃない」
高耶は笑顔のまま首を振った。
信じない。全部夢だ
「聞いて」
直江は高耶の腕に手を添えると、優しく瞳を覗き込んだ。
「今夜、あなたに魔法を掛けてあげる」
直江はまるで呪文を唱えるように、力強く言葉を紡ぐ。
「今からしばらくの間、あなたは孤独ではなくなる」
高耶の手を取って胸に当てた。
「感じるでしょう?」
何か言いかけた高耶の唇に、直江の人差し指をが当てられた。
「黙って。今日は特別な日だから、こんな奇跡も起きる。あなたの悲しい渇きが少しでも癒えるように」
どうせ目が覚めたら忘れちまう
頑なな高耶を、直江は抱き寄せた。
「わかるでしょう?これは夢じゃない」
夢だ
「夢じゃない」
ほんもののおまえじゃない
「ほんものの私です」
もうおまえはオレになにも感じないんだろう
「私はあなた以外のものには興味がない」
……それが苦しかったんだろう?
「あなたの苦しみに比べたら大したこと無い」
オレが憎かったんだろう?
「それ以上に愛してる。ずっと求めて焦がれて苦しんで愛し続けてる」
……………
この包まれる感じ。
高耶には覚えがあった。
欲しかったのはこれだ。
ずっと求めていたのは───……。
なんでこんなにあたたかいんだろう。
おれはこんなものをずっとおまえに貰っていたのか。
今までどれだけのものをおまえから貰ってきたんだろう
「それ以上のものをあなたが与えてくれた」
体を離した直江が真摯な瞳で言う。
「あなたには先に謝っておきます」
高耶はその言葉の意味が解らず首をかしげた。
「すぐにでもあなたのところへ行きたいけれど、今は自分の身体すら満足に動かせない」
直江の大きな手が高耶の瞼に掛かっていた前髪を梳くようにして除けた。
それが気持ちよくて、高耶は静かに目を瞑る。
すると直江は、額に口づけてきた。
そしてこめかみに。次は頬に。
次々とやさしい口づけが降る。
こんなこと拒まなくてはいけない。
自分は直江の望むようにはしてやれない。
直江に身体は許してやれない。
見返りは与えてやれないはずだった。
けれどもし、自分を想って愛してくれているこの男が、これをしなくてはもう苦しくて続けていけないというのなら。生きていけないというのなら。
もう、拒めない。
これ以上この男を苦しめられない。
彼を殺さないために、例え自分が死ぬような目にあっても。
なおえ………
何より今は、自分が男の行為を求めている。
この行為を受けたらきっと、自分は今までの自分とは違うものになる。
この男は今までいた孤独と苦しみの世界から、きっとどこかへと連れ去ってくれる。
苦しみのない、天上の世界へ。
「あなたときちんと向き合えるようになって、必ず迎えに行くから」
直江は口づけを止めない。
「だから約束してください。離れている間」
けれど明らかに唇だけは避けている。
高耶は少しだけ、瞳を開いた。
「もっと俺を求めて」
求めてる
「焦がれて」
焦がれてる
「苦しんで」
苦しんでる
「愛して」
あい…し……
これは、直江の望みなのだろうか。
それともオレの望みなのだろうか。
あとすこし動けば唇と唇が触れ合う距離で、高耶はそんなことを考えていた。
中編 ≪≪
こんなことをするのは………出来るのは、直江しかいないと思う。
けれど本当に?だったら何故、名乗らない?
(大体なんで直江しかいないなんて言える?)
自分はきっと、ただ直江であって欲しいと願ってるだけで、このワインが直江からである証拠はどこにもない。
直江に"直江らしい行為"を期待するのは、もう疲れてしまった。
ワインの瓶を手に取った高耶は、コップにも注がずいきなりラッパ飲みをした。
高いものなのだろうが、全く美味しいとは思えない。
千秋の持ってきた硝子のコップを見つめた。
この家にはワイングラスなんてお上品なものだって、置いてない。
こんな飲み方をして、昔だったらきっと嫌みったらしく説教された、とそこまで考えて、高耶はため息をついた。
昔だったら。前だったら。最近はそればかりだ。
本当はこんなもの、ひとりで飲みたくなんかない。こんなワインなんて欲しくはなかった。
欲しいものは、もっと別のものだった。
気が付くとぐいぐいと酒が進んで、いつのまにかソファに横になっていた──……。
夢の中で、男は泣いていた。
赦しを求めて泣いていた。
いったい何の赦し?
───もう終わりにして……!
まだだろう?
まだ上があるんだろう?
なあ、直江。
お前は今、何を見ているんだ。
お前には今、何が見えているんだ。
今のお前の見ているものが、オレにはわからない。
湧き上がってくる感情がどうにも処理しきれなくなって、叫びだしそうになった高耶の背後から、不意に耳になじんだあの声が聞こえた。
「メリークリスマス、高耶さん」
振り返ると、男は立っていた。
なおえ……
こんな夢はしょっちゅう見る。
だけどその声の響きは、過去のものをなぞっただけのものとはまるで違った。
「乾杯をしましょう」
いつの間にか直江の手には先程のワインがある。
直江はワインをぴかぴかに磨かれた綺麗なワイングラスへと注いだ。
興奮や期待に似た感情のせいで早くなる鼓動を、これは夢なんだからと言い聞かせながら答える。
それ、うまくない
「あなたの口にあうように飲みやすいものを選ぶこともできたんですが」
直江がワイングラスを手渡してくる。
「これは特別なものだから」
………仏教徒だぜ、オレら。クリスマスなんて
「そうでしたね。ならそれぞれ好きなことを祝いましょう。私は……そうですね、あなたの生まれた日に」
オレ?誕生日はまだ先だぜ
「生まれてきたことを祝うのに、日付は関係ありませんよ」
そんなのヘンだと高耶は口を曲げた。
それを見て直江は笑う。
「さあ、あなたは何にします」
オレ?おもいつかねーな
「何でもいいんですよ。最近、あったいいこととか」
いいこと……?
首をかしげていた高耶は、やがて思いついたように言った。
じゃあ、この夢に
「高耶さん……」
直江は一度俯いて、痛みに耐えるような表情をしてから顔を上げた。
「では」
グラスを持ち上げる。
「乾杯」
グラスを軽くあわせるとチンといい音が鳴った。
高耶は自分のグラスを一気に空にした。
飲み干して、やっぱり味が……と苦い顔をしていると、直江がこちらを見つめていた。
「あなたのことは神にも悪魔にも渡さない」
………直江?
「私があなたをその場所から救ってあげる」
"その場所"の意味がはっきりわかった訳ではなかったけど、高耶は笑って言った。
うそつき
「うそじゃない」
高耶は笑顔のまま首を振った。
信じない。全部夢だ
「聞いて」
直江は高耶の腕に手を添えると、優しく瞳を覗き込んだ。
「今夜、あなたに魔法を掛けてあげる」
直江はまるで呪文を唱えるように、力強く言葉を紡ぐ。
「今からしばらくの間、あなたは孤独ではなくなる」
高耶の手を取って胸に当てた。
「感じるでしょう?」
何か言いかけた高耶の唇に、直江の人差し指をが当てられた。
「黙って。今日は特別な日だから、こんな奇跡も起きる。あなたの悲しい渇きが少しでも癒えるように」
どうせ目が覚めたら忘れちまう
頑なな高耶を、直江は抱き寄せた。
「わかるでしょう?これは夢じゃない」
夢だ
「夢じゃない」
ほんもののおまえじゃない
「ほんものの私です」
もうおまえはオレになにも感じないんだろう
「私はあなた以外のものには興味がない」
……それが苦しかったんだろう?
「あなたの苦しみに比べたら大したこと無い」
オレが憎かったんだろう?
「それ以上に愛してる。ずっと求めて焦がれて苦しんで愛し続けてる」
……………
この包まれる感じ。
高耶には覚えがあった。
欲しかったのはこれだ。
ずっと求めていたのは───……。
なんでこんなにあたたかいんだろう。
おれはこんなものをずっとおまえに貰っていたのか。
今までどれだけのものをおまえから貰ってきたんだろう
「それ以上のものをあなたが与えてくれた」
体を離した直江が真摯な瞳で言う。
「あなたには先に謝っておきます」
高耶はその言葉の意味が解らず首をかしげた。
「すぐにでもあなたのところへ行きたいけれど、今は自分の身体すら満足に動かせない」
直江の大きな手が高耶の瞼に掛かっていた前髪を梳くようにして除けた。
それが気持ちよくて、高耶は静かに目を瞑る。
すると直江は、額に口づけてきた。
そしてこめかみに。次は頬に。
次々とやさしい口づけが降る。
こんなこと拒まなくてはいけない。
自分は直江の望むようにはしてやれない。
直江に身体は許してやれない。
見返りは与えてやれないはずだった。
けれどもし、自分を想って愛してくれているこの男が、これをしなくてはもう苦しくて続けていけないというのなら。生きていけないというのなら。
もう、拒めない。
これ以上この男を苦しめられない。
彼を殺さないために、例え自分が死ぬような目にあっても。
なおえ………
何より今は、自分が男の行為を求めている。
この行為を受けたらきっと、自分は今までの自分とは違うものになる。
この男は今までいた孤独と苦しみの世界から、きっとどこかへと連れ去ってくれる。
苦しみのない、天上の世界へ。
「あなたときちんと向き合えるようになって、必ず迎えに行くから」
直江は口づけを止めない。
「だから約束してください。離れている間」
けれど明らかに唇だけは避けている。
高耶は少しだけ、瞳を開いた。
「もっと俺を求めて」
求めてる
「焦がれて」
焦がれてる
「苦しんで」
苦しんでる
「愛して」
あい…し……
これは、直江の望みなのだろうか。
それともオレの望みなのだろうか。
あとすこし動けば唇と唇が触れ合う距離で、高耶はそんなことを考えていた。
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