忍者ブログ


×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。



 "光厳寺"は、思った以上に立派な寺だった。
 敷地もかなり広いし、いま目の前にある住居用の家屋も外からじゃ間取りの想像がつかないくらい大きい。
「あの、すみません。斉藤といいますが」
 インターホンに向かってそういうと、出てきたのは由緒ある寺のおかみさんにふさわしい、上品そうな女性だった。橘義明の母親だそうだ。
 いい機会なので橘についてちょっと探りを入れてみると、なんと三つも年下だということがわかった。独身で、彼女無し。アイドルに仕立てるにはもってこいだ。
 現在の彼の居場所を聞いてみると、今は駅近くの不動産屋にいるという。
 自殺者の出た部屋のお祓いでも請け負っているのかと思ったら、なんと兄弟の経営する不動産会社とかで、橘もよくそこを手伝っているのだそうだ。
(お坊さんが物件案内しちゃうのかよ……)
 そっちはそっちで面白そうなドキュメントが作れそうだな、と考えながら駅の方まで戻ってみると、教えてもらった店舗からちょうど、橘が出てくるのが見えた。
 さすがに今日は普通のダークスーツだったが、それでもやっぱり、顔だちとスタイルと身長でかなり人目を引く。
「橘さん!」
 声をかけて駆け寄ると、振り返りはしたがちょっと厭そうな顔をした。
 正直な男だ。
「またあなたですか」
「ええ、また俺です。これ、昨日はお渡しできなかったので」
 すかさず名刺を差し出す。
「……企画制作会社」
「ええ、テレビ番組なんかの制作に関わってまして───
「悪いですけど、お力にはなれません」
 ぴしゃりと言い放った橘は、名刺を突っ返すとそのまま店舗裏の駐車場へと歩き始めた。
「そこを何とか!悪いようにはしませんから!これ企画書なんです、目を通すだけでも!」
 昨日、徹夜で作った企画書のサンプルだ。
 番組名は、『イケメン霊能者が行く!』。
 まあ俺なんかの企画がそのまま通る訳はないけれど、このタイトルならシリーズ化だってしやすいはず。
 ところが橘は、それを見るなりわかりやすくため息をついた。
「話になりませんね。約束があって急ぎますので」
 冷たく言うと、なんと駐車場に停まっていたベンツへと乗り込んだ。
(げっ………)
 この間はフェラーリで今日はベンツだなんて、どれだけ羽振りがいいんだろう。
 ボランティアでお祓いをやっているのも、金を稼ぐ必要がないからかもしれない。
 しかも。
「うわあ……」
 ドアを閉めるなり某R社のものらしきティアドロップ型のサングラスをかけたから、思わず声が出てしまった。
 これでは僧侶どころか霊能力者にも不動産屋にも見えないだろう。完璧に関わりたくない職業の人に見える。
 駐車場を出ていく車を見つめながらどうしてもあきらめのつかない俺は、タイミング良く通りかかったタクシーに手を挙げた。
「あのベンツの後を追って!」
 乗り込んで、ドラマのセリフのようなことを叫ぶ。
 胡散臭そうに見てくる運転手の視線をやり過ごしながら俺は、橘の向かう先がどうか近場であってくれ、と祈っていた。
 懐具合が、心細かった為だ。



03 ≪≪  ≫≫ 05
PR


 朝の渋滞のピークは過ぎていたようで、思ったより時間もかからずに自宅へと到着した俺たちは、家の前に車を停めて降り立った。
 木造ボロアパートの前に、フェラーリ・テスタロッサ。とってもシュールな光景だ。
 思わず携帯で写真を撮りたい衝動に駆られていると、
「斉藤さん」
 橘が声を掛けてきた。
「ここですか」
「そうです。まあ、狭いですがとりあえず中に入って貰って」
 さてさて、一体どんな方法で幽霊を追っ払うのか、と楽しみにしながらアパートの階段へと促すと、
「視るまでもありませんね。ここで失礼します」
「へっ!?」
 予想外の言葉に仰天した。
「な、何で!?まだ何も見てもらってないのに……」
「失礼ですけどあなた、霊なんて見たこともないでしょう」
 どきり、と心臓が跳ねた。
「そ、そんなこと……」
「もしもあなたに見えてしまったとしたら、相当強力で危険な霊かもしれないと思って来てみたのですが……。どうみてもこのアパートにそんな強い霊がいるようにはみえません」
「……外からでもわかるんですか」
「ええ、わかります」
 橘はものすごく厳しい視線を送って来た。
「どういうつもりか知りませんが、冷やかしに付き合っていられるほど暇ではありませんので」
「いや、そうじゃなくてですね、実は───
 慌てて名刺を出そうとしたが、聞く耳を持ってくれない。
「世の中、霊など見たくないと思っても見えてしまう人がたくさんいるんです。あなたがそういったものに関わらずに済んでいるとしたら、とても恵まれているんだということを自覚して欲しいですね」
「あの───!」
 橘は自分の言いたいことだけ言うと、再びフェラーリに乗り込んで、あっという間に走り去ってしまった。
「……………」
 後に残された俺は、突然のことにただ立ち尽くすばかりだ。
 けれど、一つだけ収穫があった。
「…………ホンモノだ」
 橘義明は、ホンモノの霊能力者だ。
 これを逃す手はない。
 俺はアパートへと駆け込むと、まずは宇都宮までの最短ルートを調べることにした。


02 ≪≪  ≫≫ 04


「霊能番組ですかぁ?いまどき流行んないでしょう」
 チーフに呼び出された俺は、思わず不満のため息を漏らしていた。
 俺が番組制作会社──とは名ばかりの、大手プロダクションの専属リサーチ会社のようなこの会社に勤め始めて、そろそろ5年が経つ。フリーター崩れだった俺を拾ってくれたチーフには本当に感謝しているが、客先の言い成りなところだけはほんと、勘弁して欲しいと思う。これじゃあウチは、いつまで経っても超々弱小企業を抜け出すことができないだろう。自分の将来を想って、もう一度──今度は悲観のため息を漏らした。
「やらせ無しじゃあ無理ですよ」
「しょうがないだろう、村山さんがどうしてもって言うんだから。ま、心霊系なら夏に向けてそれなりに需要はあると思うぜ」
「そうっすかねえ……」
「よさそうな霊能者、探しといて。やるからには二番煎じは避けような。ただ怖がらすだけでも、お涙ちょうだいでもない、何か新しいのがいいな」
「また……難しいことを……」
「もし企画が通ったら、全部お前に任せてやってもいい」
「そう言って、今まで任せてくれたことなんて無いじゃないですか」
「……ま、いいから頼むよ」
 結局最後はいつもの調子で押し切られて、俺はいったん会社を後にした。
 まず手始めに数少ない業界の友人達に電話を掛けてみるが、誰もそういった番組は扱ったことが無いという。行きつけのインターネットカフェに行ってある程度情報を集め、何か所かに問い合わせの電話をかけてみるが、実になりそうなものはなかった。
 こういう時はもう、プライベートの友人や家族、親戚筋に頼るしかない。
 そう言えば一年くらい前、祖母の家の物置きに悪い霊が出るとか出ないとかっていう騒動があった気がした。
 当時の俺は全く興味がなかったから、最終的にどうなったのか知らないけれど、
(……霊に善いとか悪いとかがあるのかね?)
 とりあえず、仙台の祖母に電話をかけてみることにした。
『ああ、あったねえ、そんなこと』
 相変わらず元気そうな様子の祖母は、すぐにその時のことを思い出してくれた。
『酷くこの世に恨みを持っててねえ。あの時は毎晩うなされてほんとに大変だったの』
 聞けば、祖母は小さいころからそういった感覚が鋭くて苦労したのだそうだ。そんなこと、俺は初耳だった。
「結局どうしたの、その幽霊」
『慈光寺の住職さんの手にも負えなくてねえ、若いお坊さんに来てもらったんだよ』
「追っ払えたの?」
『あの世に送ったと言っていたねえ。そんなこと、出来るんだねえ』
「へえ。その人の連絡先、わかる?」
『ちょっと待ってねえ』
 祖母が教えてくれたのは仙台よりずっと近い、栃木県の宇都宮にあるというお寺の電話番号だった。
 お坊さんの名前は『橘義明』。それっぽく呼ぶなら『ギメイ』さんだろうか。
 全国各地で"お祓い"をしている人だそうで、また何かあったらいつでも連絡をくれと言ってくれて、とても気さくな感じだったという。 
 きっと老人相手にボロ儲けの出来る、いい商売なのだろう。
「お金は?いくらくらい払ったの」
『いやあ、交通費すら受け取って貰えなかったよ』
「へ?マジ?」
『まじ、まじ』
 ということは、ボランティアの霊能力者ということだろうか。
 これはかなり斬新かもしれない。
 早速電話をしてみると、運のいいことに本人が電話に出てくれた。
 もちろんテレビ番組制作のためなどとは言わず、いかにも幽霊で困っているサラリーマンを装ってアポを取る。
 場所は東京だと言うと、ちょうど次の日に用事があって出てくるからと、朝一番で会ってくれることになった。
(ラッキーだな)
 ここまでとんとん拍子に話が進むことも珍しい。
 これは、霊能番組を作れという神様からの啓示かもしれない………。
 なーんて事を考えながら翌日、約束の場所で待っていたところ、冒頭の常識はずれな霊能力者・橘義明がやってきたのだ。


01 ≪≪  ≫≫ 03


 度胆を抜かれるという表現が、まさにぴったりの瞬間だった。
 軽快なエンジン音とともにやってきたのは、真っ赤なフェラーリ・テスタロッサ。
 そこから降りてきたのは、高級そうな黒い上着と黒地にグレーのストライプパンツ、シルバーの襟付きベストに何故か偏光サングラスをかけた、長身の男性だった。
「斉藤さんですか?」
「………はい」
「お待たせしてすみません。お電話を頂いた橘です」
 運転の為に掛けていたのか、礼服には少々ちぐはぐだったサングラスを外すと、嫌味なくらい整った顔立ちが現れた。年の頃は俺と同じか、少し上かもしれない。
「……………」
 思わず言葉を失っていると、こちらの戸惑いがわかったのだろう。
「こんな恰好ですみません。この後、知人の結婚式があるもので」
 人の良さそうな笑みを浮かべて謝られる。
───いやいや、こちらこそお忙しいところすみません」
 慌てて俺も頭を下げた。いくら驚いたからと言ったって、ちょっと無礼な態度だったかもしれない。
「あの、霊能者の方だと伺っていたものですから、もっとこう、それっぽい装束のようなものを想像していたというか……」
 そう言い訳してみる。すると、
「霊能者なんて大仰なものじゃないんですよ。普通の僧侶とお考えください」
「………はぁ」
 どうみても、今のあなたは普通の僧侶って感じでもないですよ、とツッコミたい気持ちに駆られるが、ぐっと堪えた。今日のところは、この男に気持ちよく仕事をして帰って貰って、次に繋げないといけない。うまくいかなければ、俺の仕事人としての未来はまたしても閉ざされてしまうのだ。
 そうだ、今のうちにこの男の性格や嗜好を見極め、まずいところがあれば契約書に盛り込んでおきたいところだから、しっかり観察しておかないと。ただ、見た限りでは───
(テレビ映りだけは申し分ないな)
 F1、2層あたりのハートはがっちりと掴めるだろう。上司の喜ぶ顔を思い浮かべて、内心ほくそ笑んでいると、
「ご自宅でしたね、霊が出るというのは」
「はい、僕のアパートで───
「あなたが見たんですか?」
──はい?」
 何故か橘は問質すような口調になって聞いてきた。
「あなたが霊を目撃したんですか?」
「ああ。ええ、そうです。金縛りにもあいました」
「……………」
「あの、なにか」
「………いえ。とりあえず、一度ご自宅へ伺っても宜しいですか」
「ええ、もちろんです。お願いします」
 促されて、生まれて初めてのフェラーリに乗り込んだ。
 もし俺が女だったら、イチコロだろうと思う。僧侶というちょっと特殊な職業も、橘の隣にいるとちょっとミステリアスだけど堅実な、魅力的な職業に感じるから不思議だ。
「どっちへ行きますか」
「あ、ええと、世田谷方面に向かってもらって……」
 俺は自宅までの道順をナビゲートしながら、自然と今回の仕事のいきさつを思い返していた。
 昨日の朝のことだ。


≫≫ 02


 まるで、不安定な海のよう。
 凪いだ水面が空を映していたかと思えば、急に荒れだして大小の波を繰り出してくる。
 わかっているはずだった。
 だから恐る恐る、波打ち際あたりで眺めるだけのつもりだった。
 それなのに、あなたの波は予想外に大きくて、海中へと引きずり込まれた。
 あなたを映した目が熱い。
 あなたに触れた皮膚が熱い。
 心があなたで溢れて、息が出来ない。


 

  □ □ □




「晴家と?別にいーけど」
 翌朝、今日は高耶と千秋、小太郎と綾子で行動することになっていたはずなのに、どうしても小太郎が高耶と一緒に行くというものだから、高耶&小太郎組と千秋&綾子組で行動することになった。
 綾子とふたり、レパードに乗り込もうとしている千秋のもとに、高耶がひとりでやってくる。
「昨日の夜、何かあったのか」
「ん?何でだ」
「直江の………眼が、いつもと違う気がしたから」
「……………」
 確かに、先程の組変えは長秀からしてみても少々強引な感じがした。
 昨晩話したことが、長秀の脳裏に蘇る。
 小太郎は小太郎なりに一晩悩んで、そうしようと決めたのだろう。
 そして、その悩みの根源が何も知らない顔をして目の前に立っている。
「愛想尽かされたと思ってた飼い犬が、久々に尻尾振って寄って来たから、喜んでるって訳か」
「長秀っ!」
 綾子が慌てて隣から怒鳴っても、もう遅い。
 すっかり機嫌を損ねた高耶は、千秋をギロリとひと睨みして戻っていった。
「ちょっとお、あんな言い方しなくたって!」
「事実だろ」
 千秋はうんざりという顔を作って見せた。
「いつまで続けるんだ、こんなこと」
「いつまでって言ったって……」
「いずれ駄目になるってわかってんのに見てるだけ、なんて俺の性分じゃねーよ」
 直江じゃあるまいし、と千秋は言ってみて、自分で納得してしまった。
 確かにこんな役目は、マゾヒストのあの男にピッタリだ。
 ふたりを見ると、小太郎がちょうど助手席のドアを開けて、高耶が乗り込むところだ。
(小太郎には無理だ)
 彼なりによくやってると思う。研究熱心なのも認める。
 けれど、あの景虎と直江の関係を、赤の他人が模倣できる訳がない。
(身内にだって、理解出来ねーのに)
 更に問題なのは、その研究熱心さがどこからくるものなのか、ということだ。
 北条の家に対する忠誠心なのか、氏康に対する忠義心なのか、単なる忍びとしての仕事熱心さなのか、それとも……。
(景虎に対する、特別な感情のせいか……)
 "上杉景虎は、人の心を狂わせる"。
 狂わされた人間を、千秋は数え切れないほど知っている。
 景虎が一方的に悪いとは、千秋も思ってはいない。あんな危険人物に、不用意に近づくほうも悪い。
 しかも現在は、景虎自身が正常ではない状態なのだ。
 狂わせる側だったはずの景虎が、"直江の死"という事実に完全に狂わされてしまっている。
 愛情にしても憎悪にしても、またはそのどちらでなくとも、誰もがもつ執着心という代物は非常にやっかいだ。
 ある時は物を盗ませ、ある時は人を殺めさせ、時には《闇戦国》などという裏社会をも作り出す。
 更には、人間の心そのものをのみこんでしまう危険性をも孕んでいるのだ。
 そしてのみこまれてしまった人間は、心の破滅を迎えるまでそのことに気付かない。
 周囲がどんなに警告を発したところで、執着しているもの以外が見えないのだから、聞きやしない。
 千秋の脳裏に、突き進み続けた挙句、とうとう命まで失ってしまった黒服の男の姿が蘇る。
「哀れだな」
 小さく呟いた千秋に、助手席に乗り込もうとしていた綾子が動きを止めて訊いた。
「景虎が?」
 景虎も、小太郎も。
 直江も、誰も彼も。
「……人間全部」
 扉を開けた千秋は、厳しい表情で運転席へと乗り込んだ。


前編 ≪≪
  back≪≪      ≫≫next
短編Index
   





























        










 忍者ブログ [PR]