「世間じゃ、ゴールデンウィークだな」
高耶の口から、まさかの世間話が紡がれて、直江は思わず目を丸くした。
「……そうですね」
戸惑いを隠しきれずに返事をする。
「まあ、私達には関係ないですが……」
それを聞いた高耶の瞳が何か言いたげだったから、次の言葉を待っていると、
「隊長、ここなんですが……」
くそ生意気な室戸の首領に邪魔された。
すぐにふたりして書類に集中してしまうから、直江はくるりと踵を返す。
ところが、
「橘!」
珍しく高耶が追ってきた。
「はい?」
振り返った直江を前にして、余程言いにくいことなのか、またしても言い淀む。
「………いつ戻るんだ」
「宿毛にですか?日付が変わる前までには戻るつもりですが」
「渡したいものがあるから、帰る前に部屋に寄ってくれ」
「───わかりました」
直江の脳内は瞬時に三つほどの案件をピックアップされた。
たぶん、それに関する書類か霊器具の類だろう。
そのままその場を離れようとすると、ガシッと腕を捕まれた。
「わかってないだろう」
「何がです」
「……いいけど」
忘れるな、と念を押して、高耶は去っていく。
その後ろ姿を、直江は訳がわからないまま見つめるしかなかった。
夜。
直江は言われた通り、アジトを発つ前に高耶の部屋をノックした。
「入れ」
中に入ると、部屋の照明は消されていて、窓に向かって立つ高耶を、月の明かりが照らしている。
「遅くなりました」
声をかけても、高耶は振り返らない。
淡い光の下で、見慣れたはずの白いシャツが、オーダーメイドの高級品のように光を放っている。
それを纏う高耶もまた、高貴な生まれの聖人のようだ。
容易には声をかけられない雰囲気の中、直江がその後ろ姿を見つめていると、やがて高耶は口を開いた。
「おまえが一番欲しいものを用意した」
まるで任務を与えるときのような声で、高耶は言った。
「当ててみろ」
「景虎様……?」
戸惑いながら数歩、歩み寄る。
「渡したいものというのは、そのことですか」
「そうだ」
何故、と問う前に、高耶からその答えが告げられた。
「誕生日だろう」
そう言われて、直江は初めて気がついた。
五月三日。
ここ数年、普通の日と同じように過ごしていた為に、すっかり忘れていたが。
「───……」
とたんに、昼間の高耶のもの言いたげな表情を思い出して、笑みがこぼれた。
自分じゃあるまいし、誕生日を気にするだなんて。
高耶らしくないとは思ったが、嬉しくはあった。
ゆっくりと近づくと、背後からそっと抱き寄せる。
「一番欲しいもの?」
「そうだ」
不遜げな表情で、高耶は答えた。
これも、照れ隠しの一環なのだろうか。
「あなたにしか、与えられないもの?」
「ヒントはやらない」
「……意地悪ですね」
何せ直江には、欲しいものがたくさんある。
例えば。
瑞々しく張りつめて、汗ばむ肌。
時に雄々しく、時に掠れる野性的な声。
郷愁と官能を刺激する匂い。
時が経つのを忘れるほどに、見つめ続けたい容姿。
ありとあらゆる部分を舐めとって、記憶してしまいたい味。
「……欲張りだな」
「……あなたほどじゃない」
その全てを持つひとの名を、直江はひっそりと口にした。
前編 ≪≪
高耶の口から、まさかの世間話が紡がれて、直江は思わず目を丸くした。
「……そうですね」
戸惑いを隠しきれずに返事をする。
「まあ、私達には関係ないですが……」
それを聞いた高耶の瞳が何か言いたげだったから、次の言葉を待っていると、
「隊長、ここなんですが……」
くそ生意気な室戸の首領に邪魔された。
すぐにふたりして書類に集中してしまうから、直江はくるりと踵を返す。
ところが、
「橘!」
珍しく高耶が追ってきた。
「はい?」
振り返った直江を前にして、余程言いにくいことなのか、またしても言い淀む。
「………いつ戻るんだ」
「宿毛にですか?日付が変わる前までには戻るつもりですが」
「渡したいものがあるから、帰る前に部屋に寄ってくれ」
「───わかりました」
直江の脳内は瞬時に三つほどの案件をピックアップされた。
たぶん、それに関する書類か霊器具の類だろう。
そのままその場を離れようとすると、ガシッと腕を捕まれた。
「わかってないだろう」
「何がです」
「……いいけど」
忘れるな、と念を押して、高耶は去っていく。
その後ろ姿を、直江は訳がわからないまま見つめるしかなかった。
夜。
直江は言われた通り、アジトを発つ前に高耶の部屋をノックした。
「入れ」
中に入ると、部屋の照明は消されていて、窓に向かって立つ高耶を、月の明かりが照らしている。
「遅くなりました」
声をかけても、高耶は振り返らない。
淡い光の下で、見慣れたはずの白いシャツが、オーダーメイドの高級品のように光を放っている。
それを纏う高耶もまた、高貴な生まれの聖人のようだ。
容易には声をかけられない雰囲気の中、直江がその後ろ姿を見つめていると、やがて高耶は口を開いた。
「おまえが一番欲しいものを用意した」
まるで任務を与えるときのような声で、高耶は言った。
「当ててみろ」
「景虎様……?」
戸惑いながら数歩、歩み寄る。
「渡したいものというのは、そのことですか」
「そうだ」
何故、と問う前に、高耶からその答えが告げられた。
「誕生日だろう」
そう言われて、直江は初めて気がついた。
五月三日。
ここ数年、普通の日と同じように過ごしていた為に、すっかり忘れていたが。
「───……」
とたんに、昼間の高耶のもの言いたげな表情を思い出して、笑みがこぼれた。
自分じゃあるまいし、誕生日を気にするだなんて。
高耶らしくないとは思ったが、嬉しくはあった。
ゆっくりと近づくと、背後からそっと抱き寄せる。
「一番欲しいもの?」
「そうだ」
不遜げな表情で、高耶は答えた。
これも、照れ隠しの一環なのだろうか。
「あなたにしか、与えられないもの?」
「ヒントはやらない」
「……意地悪ですね」
何せ直江には、欲しいものがたくさんある。
例えば。
瑞々しく張りつめて、汗ばむ肌。
時に雄々しく、時に掠れる野性的な声。
郷愁と官能を刺激する匂い。
時が経つのを忘れるほどに、見つめ続けたい容姿。
ありとあらゆる部分を舐めとって、記憶してしまいたい味。
「……欲張りだな」
「……あなたほどじゃない」
その全てを持つひとの名を、直江はひっそりと口にした。
前編 ≪≪
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