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短編Index


「ひどい渋滞でしたね」
 部屋に入るなり、大きくため息を吐いた高耶に、直江はそう声を掛けた。
「夕食は部屋でとりますか」
「……適当に済ませる」
 眼を合わせることなく、高耶は続けた。
「おまえは好きにしていい」
 ほぼ命令する口調で言い切る。
「明日の出発までには戻れ」
 直江が、何故急にそんなことを、と問い質そうとすると、
「今日が何の日かくらいはわかってる」
 高耶はそう言った。
「……景虎様」
 今日は五月三日。
 部屋をわざわざ別にしたのは、その為だったのだ。
「……………」
 突然のことに戸惑っているらしい直江は、皮肉のひとつでも言うかと思えば、
「わかりました」
 あっさり引き下がってそのまま、自分の部屋にも寄らずにホテルを後にした。


「誕生日?」
 数日前、高耶は綾子からその事実を教えられた。
「そうよー。だから、お祝いしてあげて」
 綾子は、アイスコーヒーをかき混ぜながらそう言った。
「なら、部屋を別に取る」
「え?」
「あいつも、誕生日くらいを伸ばしたいだろう」
 高耶がそう言うと、
「いやいや、そうじゃなくて」
 綾子は慌ててストローを振る。
 ところが、
「ま、そのほうが旦那も喜ぶかもな」
 隣にいた千秋もしたり顔で賛同した。
「ちょっと!」
 話を思った方向へ導けなかったらしい綾子は、なんとか否定の言葉を続けようと試みるが、
「……まあ、そうかもね」
 すぐにあきらめてしまった。
(仕方ないさ)
 今の高耶と直江の険悪さを知っていれば、無理もない。
 明りを消した部屋のベッドで、仰向けに寝転がっていた高耶は、回想シーンを頭から追いやった。
 もうすぐ、日付は四日に変わる。
 それなのに、高耶は眠れないでいた。
 隣の部屋にはまだ、直江の戻ってきた気配はない。
 しょうがないから自分も起きて、どこかへ出かけようかと悩み始めたところへ、
───?」
 部屋のチャイムが鳴った。
 警戒しながら扉を開けると、
「……………」
 少しだけ着崩したスーツ姿で、直江が立っていた。
「いま、いいですか」
 無言で部屋へと招き入れると、わずかにアルコールの匂いが漂う。
「起きていたんですか」
「……ああ」
 あまり顔を合わせたくなくて、高耶は窓際に向かって立った。
 眼下には、夜の街並。
 照明が消えているせいで、まるで窓ガラスなどそこにはないように思える。
 幻の外気が、頬を撫でていく感覚にとらわれていると───。
───ッ……」
 直江の腕が、高耶を背後から抱きすくめた。
「……よせよ、酔っ払い」
「酔うほど飲んではいませんよ」
 直江はそう言うと、高耶の顎を掴んで自分の方へと向けた。
「眠れなかったんでしょう。隣の物音が気になって」
 顔を間近に寄せて言う。
「女でも連れ込むかと思った?」
 口の端で笑いながら言う直江に、高耶も動じることはない。
「本当にそれしか頭にないんだな」
「……そうですよ」
「あなたと同じだ」
 顎を掴んでいた手が、上着の中へと滑り込んだ。
「一緒にするな……」
「一緒ですよ」
「ッ……」
 指が、小さな突起を擦る。
「さあ、いったい何を恵んでくれるつもりですか」
「何もやらない」
 眼に力を込めながら、高耶は眼下の景色を睨み付ける。
「誕生日だろうとクリスマスだろうと、お前にやるものなんてない」
「……傲慢にも程がある」
「それでも欲しいんだろう?」
 高耶の顔に、うっすらと冷笑が浮かんだ。
「そう」
 その表情を見つめながら、直江は苦しげに眉根を寄せる。
「欲しくてたまらない」
 耳元で、まるで懺悔のような囁き声。
 その悲痛な響きに、高耶の顔から笑みが消えた。
 男の手が触れたい肌。
 男の耳が聴きたい声。
 男の鼻が嗅ぎたい匂い。
 男の瞳が映したい姿。
 男の舌が感じたい味。
 その全てを持つ身体で、高耶は、ひっそりと瞳を閉じた。


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