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短編Index


 橘が車を停めたのは、公園やらアスレチックやらグラウンドやら、ファミリー向けの公営施設が立ち並ぶ敷地内の一角にある駐車場だった。
 平日のため停まっている車はまばらだが、幹線道路も近いことだし週末になれば家族連れで混み合うのかもしれない。
 何とか許容範囲内に収まった料金を支払ってタクシーを降りると、同じく車から降りた橘がちょうど誰かに声をかけているところだった。
 先に到着していたらしいその女性は、中型バイクの傍に立ってウェーブの髪をかきあげている。若いだけでなく、ものすごい美人だ。
「待たせたな」
「ううん。悪いわね、仕事中なのに」
 橘は、俺が尾けてきたことに気付いてない訳がないと思うのだが、放っておくつもりなのかこちらを見ようともしない。
「めずらしいな。お前が食事をねだらないなんて」
「ほら、最近のSAってそれぞれ名物があったりするじゃない?これが結構いけるもんだからさあ。制覇しちゃった」
「…………太るぞ」
 それを聞いて、女性は眉を吊り上げた。
「ちょっと!自分の好みが不健康そうな女だからって、世の男がみんなそうだと思ったら大間違いよ!健康的な方が好きって人は、い~~っぱいいるんだからね!」
 彼女はそう叫んだが、俺の見る限り言うほど太ってはいないし、むしろスマートなほうだ。
 ぴったりとしたライダー用のパンツが身体のラインをあらわにしていてとってもセクシーだと思う。
「わかったから怒鳴るな。───で、例のものは」
「ああ、そうだったわね」
 女性は懐から小さな布に包んだ何かを出すと、橘へと手渡した。
「後は頼んだわよ」
「ああ、抜魂はこちらでしておく。ご苦労だったな」
(バッコン……?)
 霊能界の業界用語なのだろうか。とすると、もしかしたら彼女も橘の同業者なのかもしれない。
 聞きなれない言葉だから忘れないようにと手帳に書きつけていると、不意に女性がこちらをじっと見てきた。
「ねえ、あの人さっきからこっちばっか見てない?……ナンパかしら」
「そんな訳がないだろう。いいから、気にするな」
 あきれた顔をしている橘に、でもぉ、と女性が口を尖らせる。
 チャンス!と俺は心の中で叫んだ。
 話しかけるなら、話題に上った今しかない。
 俺は、バタバタと走り寄って二人の会話に割って入った。
「お取り込み中のところ失礼します!」
───……」
 橘は返事すらしてくれなかったが、俺は構わずに続ける。
「橘さん、やっぱりもう一度考え直してもらえませんか!?」
「………くどいな」
 そう言ってため息をつく橘とは、これ以上会話になりそうにない。
(やっぱり無理か……)
 そんな俺の落胆を帳消しにしてくれたのは、女性のほうだった。
「なんだ、知り合いだったのね」
「いや───
「ええ、そうなんです。実は私、こういう者なんですけども……」
 すかさず俺は、名刺を手渡す。
「制作会社?」
「はい、テレビ番組なんかを作る会社で───
「えええ!?直江、テレビでんの!?」
「出るわけないだろう」
 相変わらずにべもない橘だったが、俺は彼女が聞きなれない名前で橘を呼んだことが気になった。
「ナオエというのは、霊能者としての源氏名ですか?」
「源氏名?うーん、ちょっと違うんだけど」
「晴家。相手にするな」
 俺の耳がピクピクと動く。
 女性のほうは"ハルイエ"さんというらしい。
「だって……」
「じゃあ、番組のタイトルは『イケメン霊能力者・ナオエが行く!』に変更しましょう」
 俺がきっぱりと言うと、一瞬目を丸くしたハルイエさんは、大爆笑を始めた。
「ひ~~~っ、おっかし~~~!あなた、センスある~~~っ!」
「……ありがとうございます」
 なんだか褒められている気はしなかったけれど、とりあえず礼を言っておいた。
 とにかくタイトルというものは、印象に残ればいいのだから。
 ハルイエさんは存分に笑ったあとで、
「ねえ、直江がやんないなら私がやろっか」
と、言い出した。
「ええ?」
「美人女子大生霊能者・綾子が行く!とかさ」
 彼女はハルイエ・アヤコというらしい。
 自分で"美人"をつけてしまうあたり、調子がいいなとは思ったが、それはそれで面白そうな企画だ。逃す手はない。
「ああ、やっぱりお姉さんも霊能者なんですか」
「そうよ~、霊査能力は直江なんかよりずっと上なんだから!」
「えええ!いやあ、お美しいのに実力までおありとは、まいったなあ」
「えへへ~、お美しいなんてそんなあ~」
「だってそこらのアイドルなんてメじゃないですよ」
「そう?そうかしらあ?」
 俺のミエミエのお世辞に、アヤコの目じりはだらんと垂れ下がった。
 もし橘が本当にダメなら、彼女に乗り換えようかと思い始めた矢先──
「!?」
 橘とアヤコが、ふたり同時にアスレチックのある森林地帯の方を振り返った。
「何!?」
「わからん」
 真剣な表情で言葉を交わすと、ふたりしてそちらのほうへ駆け出して行ってしまう。
「え、ちょっと!」
 俺は全く訳がわからなかったが、とりあえず後を追うしかなかった。


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