久方ぶりに姿を見せた直江は、着信があったからと部下に電話を掛けなおしている。
赤鯨衆が開発した新型携帯電話は強力な霊波を利用したもので、剣山の強い地場上でも難なく会話が出来た。
監視業務の報告を受けている最中だったから、電話の終わるのをじっと待ってはみたものの、一向に終わる気配がない。
受話器から漏れる相手の声から切羽詰った状況が聞いて取れたから、仕方ない、と長期戦を覚悟した。
襲撃でも受けたのか、半分パニックのようになっているらしい部下相手に引きずられることなく、直江はあくまでも冷静に指示を与えている。
冷静というより───。
そこに感情らしきものは全く感じられなかった。
復帰後の直江は、実際よくやっている。
高耶が口を挟む隙もないくらいに。
自分が未だに剣山に篭っていられるのも、直江を通じて各地の状況を正確に知ることができるからだ。
各地の怨将が休む間もなく送り込んでくる斥候や赤鯨衆に反発する地元霊達との衝突。復興を目指す住民達の状況。結界自体の綻びや気の流れの異常など、今の四国をとりまく環境は分刻みで変化する。
集めたそれらの情報と高耶が自らの身体を通じて知り得た情報とを交えて、赤鯨衆の各方面に迅速かつ的確に伝えなくてはならない。
高耶は誰よりも直江と密に連絡を取り、その作業を進めてきた。
言い換えれば自分と直江だから、ここまでスムーズに事が運んだとも言える。
やっと電話が終わり、直江がこちらへ向き直ろうとしたところでまた電子音が鳴り始めた。
手の中の電話をみやって少し眉をひそめた直江は、結局またその電話を取った。
時には優しさを、時には厳しさを、何より真摯な響きを含んで高耶を呼んだあの声も、今は機械のように言葉を並べるだけだ。
冷徹、と隊内では言われているらしい。
確かにこうしていると、虚無も悲嘆も全て克服したようにみえなくもないが……。
高耶にはわかっていた。
冷たさは燃え滾る感情をコーティングするための鎧でしかない。
嵐の前の静けさに似た、堰を切ってあふれ出す寸前の緊張感をいつだって周囲に漂わせている。
直江は決して克服などできていないのだ。決して癒されてなどいない。
ただ、今まで耐え切れなかったものに耐えることを覚えただけなのだ。
辛苦を許容する容量が、増えただけなのだ。
直江の苦しみは、何も変わっていない。
思えば四国全土の調査など、因果な役回りだ。
自分の力が及ばなかった事の結果を、その目で見て回るのと同じことだ。
あの時、世界を滅ぼせと叫んだこの男こそ、400年間誰よりもその世界に誠実であろうとしてきた。
その心を、捨てられる訳がないのだ。
罪のない人々の痛みや犠牲を目の当たりにして、何とも思わない訳がない。
けれどその罪悪感も、不誠実である事への責任も、ただオレの為だけに背負ってみせるといっている……。
直江をここまで苦しめて、自分は一体どこへ向かおうというのか。
有り得ない程大きな犠牲を払い手に入れたこの身体を抱えて、時折息苦しさで行先を見失いそうになる。
それでも必死に自分を奮い立たせた。
前をしっかりと見つめなければ。
立ち止まっている時間は、もう無い。
今度こそ電話を終えた直江が、真っ直ぐな視線をこちらに寄越すから、高耶は姿勢を正した。
目指すものはいつだってひとつだけだ。
自分の中の真実をもう一度確かめるように、高耶は銀色のブレスレットに手をやった。
≫≫前編
赤鯨衆が開発した新型携帯電話は強力な霊波を利用したもので、剣山の強い地場上でも難なく会話が出来た。
監視業務の報告を受けている最中だったから、電話の終わるのをじっと待ってはみたものの、一向に終わる気配がない。
受話器から漏れる相手の声から切羽詰った状況が聞いて取れたから、仕方ない、と長期戦を覚悟した。
襲撃でも受けたのか、半分パニックのようになっているらしい部下相手に引きずられることなく、直江はあくまでも冷静に指示を与えている。
冷静というより───。
そこに感情らしきものは全く感じられなかった。
復帰後の直江は、実際よくやっている。
高耶が口を挟む隙もないくらいに。
自分が未だに剣山に篭っていられるのも、直江を通じて各地の状況を正確に知ることができるからだ。
各地の怨将が休む間もなく送り込んでくる斥候や赤鯨衆に反発する地元霊達との衝突。復興を目指す住民達の状況。結界自体の綻びや気の流れの異常など、今の四国をとりまく環境は分刻みで変化する。
集めたそれらの情報と高耶が自らの身体を通じて知り得た情報とを交えて、赤鯨衆の各方面に迅速かつ的確に伝えなくてはならない。
高耶は誰よりも直江と密に連絡を取り、その作業を進めてきた。
言い換えれば自分と直江だから、ここまでスムーズに事が運んだとも言える。
やっと電話が終わり、直江がこちらへ向き直ろうとしたところでまた電子音が鳴り始めた。
手の中の電話をみやって少し眉をひそめた直江は、結局またその電話を取った。
時には優しさを、時には厳しさを、何より真摯な響きを含んで高耶を呼んだあの声も、今は機械のように言葉を並べるだけだ。
冷徹、と隊内では言われているらしい。
確かにこうしていると、虚無も悲嘆も全て克服したようにみえなくもないが……。
高耶にはわかっていた。
冷たさは燃え滾る感情をコーティングするための鎧でしかない。
嵐の前の静けさに似た、堰を切ってあふれ出す寸前の緊張感をいつだって周囲に漂わせている。
直江は決して克服などできていないのだ。決して癒されてなどいない。
ただ、今まで耐え切れなかったものに耐えることを覚えただけなのだ。
辛苦を許容する容量が、増えただけなのだ。
直江の苦しみは、何も変わっていない。
思えば四国全土の調査など、因果な役回りだ。
自分の力が及ばなかった事の結果を、その目で見て回るのと同じことだ。
あの時、世界を滅ぼせと叫んだこの男こそ、400年間誰よりもその世界に誠実であろうとしてきた。
その心を、捨てられる訳がないのだ。
罪のない人々の痛みや犠牲を目の当たりにして、何とも思わない訳がない。
けれどその罪悪感も、不誠実である事への責任も、ただオレの為だけに背負ってみせるといっている……。
直江をここまで苦しめて、自分は一体どこへ向かおうというのか。
有り得ない程大きな犠牲を払い手に入れたこの身体を抱えて、時折息苦しさで行先を見失いそうになる。
それでも必死に自分を奮い立たせた。
前をしっかりと見つめなければ。
立ち止まっている時間は、もう無い。
今度こそ電話を終えた直江が、真っ直ぐな視線をこちらに寄越すから、高耶は姿勢を正した。
目指すものはいつだってひとつだけだ。
自分の中の真実をもう一度確かめるように、高耶は銀色のブレスレットに手をやった。
≫≫前編
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