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短編Index


「"換生"って言ったか」
 発進してすぐ、俺は橘に話しかけた。
「霊が生きている人間の身体を完全に乗っ取ることができるのか」
「ああ」
「見たことあるのか?」
「……………」
 橘は無言だったけど、俺はそれをイエスととった。
 ある意味、殺人現場を目撃したのと同じことだ。
 是非、話を聞いてみたかった。
「身体を乗っ取った霊と、話をしたこともある?」
 けれど、橘はあまり話したくないらしく、何を聞いても無言のままだった。
 仕方なく俺も黙り込んで、もうすぐ宇都宮の駅につくかという時。
「そんなに換生に興味があるか」
 橘の方から口を開いた。
────もちろん!」
 慌てて俺は返事をする。
 車は、赤信号のために停車した。
 橘が、ステアリングを握る手を緩める。
 その動きを見つめていると、
「俺がその換生者だ」
「………え?」
 一瞬、聞き違えたかと思った。
「四〇〇年前に初生を終えて以来、俺は他人の身体に換生しながら生き続けている」
───何を言って………」
 橘の無表情は、固まったように崩れない。
「換生者には、ルールがある」
 橘の表情以上に身体を硬くした俺に、橘は話を続ける。
「自分が換生者であるということを他人に知られてしまったら」
 ステアリングを緩く掴んでいた拳が、ぎゅっと握られた。
「その人間を殺さなければならないんだ」
 俺は息をのんだ。
───あ……」
 恐怖で身体が動かない。
 頭がうまく働かず、どうしていいかわからない。
 とりあえず、何か言わないと。
 笑い飛ばす?それとも───命乞い?
 ………が、しかし。
「冗談だ」
 橘のそのひとことで、俺の頭は再び真っ白になった。
 信号が青に変わって、車が動き出す。
───っだあああ!マジで怖えぇ~~~!!」
 俺は年甲斐もなく、叫んでしまった。
 けれどそのお陰で、身体がほぐれてホッと息をつく。
「いやあ、してやられたなあ~」
 笑いながら辺りを見回すと、まもなく駅前のようだ。
 あのアヤコじゃないけれど、安心したら腹が減って来た。
 駅弁はやっぱり餃子かな、なんて考えながら何気なく隣の橘を見ると、
(あれ……?)
 まだ、あの無表情のままだった。
 それで、ふと嫌な考えが過ぎる。
(どこからどこまでが冗談……?)
 再び全身を寒気が襲って、言い知れぬ恐怖に必死で堪えていると、
「!?」
 車がぴたりと止まった。
(ええええ!?)
 心臓をバクバク言わせながら橘を見ると、一言。
「降りろ」
 駅に着いたのだ。
「あ、ありがとうございました」
 車を降りて、きちんと敬語であいさつしながらお辞儀をすると、サイドウィンドウが開く。
「もう二度と、俺の前に現れないように」
 かなりきついことをさらりと口にした橘は、
「それから」
 やっと無表情を崩して、微笑を浮かべた。
「お父さんを大切に」
「………はい」
 窓を閉めると、ベンツは、軽快なエンジン音をたてて走り去っていく。
 俺はしばらく突っ立って見送っていたが、切符を買わなければと思ってのろのろと改札へ移動した。
 帰ったらチーフになんて報告しよう。
 この世のものとは思えない体験のこと。食いしん坊でちょっと調子のいい女子大生霊能者のこと。そして、掴みどころのないあの男のこと。
 話しても、信じて貰えないかもしれない。
「………まあ、いっか」
 とりあえずは週末、母親でも誘って、父親の墓参りにいこうと思った。


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