「あ、起きた」
気がつくと、俺は公園のベンチで横になっていた。
痛む頭を抑えながら、ゆっくりと身体を起こす。
「あれ……俺、どうして……」
すぐ隣に立っていたアヤコに尋ねはしたものの、すぐに状況を思い出した。
足元のほうには、橘が立っている。
「なんだったんだ、アレは」
その端正な顔に、思わず尋ねていた。ところが、
「憑依されたのよ」
答えは別のところから返ってきた。
アヤコがほっとした顔をしながら説明してくれる。
「ヒョウイ?」
「霊に身体を乗っ取られたの」
「───……」
それを聞いて、俺は言葉を失った。
「───まさか」
「だって、感じたでしょう?自分の身体の中に霊がいるのを」
「霊………アレが?」
思わず腹のあたりをさすっていた。
(そうか……アレが……)
急激に、気分の悪さが吹き飛ぶくらいの高揚感が湧き上がってきた。
「……すげえ!ああ……!カメラまわしときたかった……!」
ああああ、と言いながら俺が悔しそうに頭をかきむしっていると、
「あんた、全然わかってないのね」
アヤコがあきれた視線を送ってきた。
「え?」
「換生されかけたのよ、あんた」
「カンショウ?」
そんな専門用語を言われても、よくわからない。
「身体から追い出されそうになったでしょう?霊が他人の身体を乗っ取ることを換生っていうの。あんた、あそこで身体から出てたら、死んでたわよ」
「……まさか」
真剣な表情のアヤコに頷かれて、思わず橘の方をみると、
「本当だ」
「───……っ」
そこで初めて、俺はぞっとした。
あの頭上に見えた光のあたたかさが思い出されて、それとは真逆の寒気が背中を走る。
「君たちが助けてくれたのか」
「あんたがしぶとく身体にしがみついてたから、助かったのよ」
「………声が聞こえたんだ」
そう、あの声がなければ、俺は今頃あの世にいただろう。
「身体を手放すなって、必死に叫んでて。あれは誰の声だったんだろう」
俺の言葉に、ふたりは顔を見合わせた。
しばらくして、
「随分早くに亡くなってるのね、お父さん」
アヤコがそう言った。
「あなたより、若くみえる」
「────え?」
確かに父は、自分が物ごころつく前に亡くなった。
去年、俺はとうとう父が亡くなった時の歳を追い越したのだ。
「なんで………」
俺はハッと気がついた。
「いるのか、ここに」
慌てて周囲を見渡す。もちろん、何も見える訳が無いが。
「見えないのは、父親がお前を守るためにそうしているからなんだ」
橘が、俺の心を読んだかの様に言った。
「お前は本当は、かなり霊力が強いはずだ。けれど今まで雑霊や悪霊に煩わされることなくこれたのは、父親がすべての霊現象を遮断しているからだろう」
「そんな………」
ふと頭に、祖母の顔が浮かんだ。小さい頃から霊感があったという祖母。
自分はその血を受け継いでいたのだろうか。
「なのに自分から首を突っ込むような真似をして。それでも助けてくれた父親に感謝するんだな」
「親父………」
写真でしか知らない親だ。他人のようなつもりでいた。
なのにずっと一緒だったなんて。守っていてくれてたなんて。
(知らなかった……)
思わず俺が項垂れていると、
「げげ、私そろそろ帰らないと」
腕の時計を見ながら、アヤコが言い出した。
「暗くなる前に着けるかなあ」
「横浜なら電車で来たほうが時間もかからないし、楽だろうに」
「なんかさあ、電車とか乗っちゃうと浮気してる気分になっちゃうのよねえ。北海道だって沖縄だって、近所のコンビニだって、エッちゃんと一緒じゃないと」
そう言うと、しょげている俺なんかには目もくれず、メットを被ってバイクに跨った。
「じゃあ、また連絡するわ」
「ああ」
ああ、待って!せめて連絡先を……と思っているうちに、バイクは走り去ってしまう。
ぽかんとしながらその方向を眺めていると、
「もう立てるだろう」
橘が言ってきた。
今気付いたけど、橘はすっかり敬語じゃなくなっている。
俺の方が年上だっていうのに。
「駅まで送ろう」
「……悪いね」
対抗するようにタメ口で返事をすると、ふたりしてベンツに乗り込んだ。
06 ≪≪ ≫≫ 08
気がつくと、俺は公園のベンチで横になっていた。
痛む頭を抑えながら、ゆっくりと身体を起こす。
「あれ……俺、どうして……」
すぐ隣に立っていたアヤコに尋ねはしたものの、すぐに状況を思い出した。
足元のほうには、橘が立っている。
「なんだったんだ、アレは」
その端正な顔に、思わず尋ねていた。ところが、
「憑依されたのよ」
答えは別のところから返ってきた。
アヤコがほっとした顔をしながら説明してくれる。
「ヒョウイ?」
「霊に身体を乗っ取られたの」
「───……」
それを聞いて、俺は言葉を失った。
「───まさか」
「だって、感じたでしょう?自分の身体の中に霊がいるのを」
「霊………アレが?」
思わず腹のあたりをさすっていた。
(そうか……アレが……)
急激に、気分の悪さが吹き飛ぶくらいの高揚感が湧き上がってきた。
「……すげえ!ああ……!カメラまわしときたかった……!」
ああああ、と言いながら俺が悔しそうに頭をかきむしっていると、
「あんた、全然わかってないのね」
アヤコがあきれた視線を送ってきた。
「え?」
「換生されかけたのよ、あんた」
「カンショウ?」
そんな専門用語を言われても、よくわからない。
「身体から追い出されそうになったでしょう?霊が他人の身体を乗っ取ることを換生っていうの。あんた、あそこで身体から出てたら、死んでたわよ」
「……まさか」
真剣な表情のアヤコに頷かれて、思わず橘の方をみると、
「本当だ」
「───……っ」
そこで初めて、俺はぞっとした。
あの頭上に見えた光のあたたかさが思い出されて、それとは真逆の寒気が背中を走る。
「君たちが助けてくれたのか」
「あんたがしぶとく身体にしがみついてたから、助かったのよ」
「………声が聞こえたんだ」
そう、あの声がなければ、俺は今頃あの世にいただろう。
「身体を手放すなって、必死に叫んでて。あれは誰の声だったんだろう」
俺の言葉に、ふたりは顔を見合わせた。
しばらくして、
「随分早くに亡くなってるのね、お父さん」
アヤコがそう言った。
「あなたより、若くみえる」
「────え?」
確かに父は、自分が物ごころつく前に亡くなった。
去年、俺はとうとう父が亡くなった時の歳を追い越したのだ。
「なんで………」
俺はハッと気がついた。
「いるのか、ここに」
慌てて周囲を見渡す。もちろん、何も見える訳が無いが。
「見えないのは、父親がお前を守るためにそうしているからなんだ」
橘が、俺の心を読んだかの様に言った。
「お前は本当は、かなり霊力が強いはずだ。けれど今まで雑霊や悪霊に煩わされることなくこれたのは、父親がすべての霊現象を遮断しているからだろう」
「そんな………」
ふと頭に、祖母の顔が浮かんだ。小さい頃から霊感があったという祖母。
自分はその血を受け継いでいたのだろうか。
「なのに自分から首を突っ込むような真似をして。それでも助けてくれた父親に感謝するんだな」
「親父………」
写真でしか知らない親だ。他人のようなつもりでいた。
なのにずっと一緒だったなんて。守っていてくれてたなんて。
(知らなかった……)
思わず俺が項垂れていると、
「げげ、私そろそろ帰らないと」
腕の時計を見ながら、アヤコが言い出した。
「暗くなる前に着けるかなあ」
「横浜なら電車で来たほうが時間もかからないし、楽だろうに」
「なんかさあ、電車とか乗っちゃうと浮気してる気分になっちゃうのよねえ。北海道だって沖縄だって、近所のコンビニだって、エッちゃんと一緒じゃないと」
そう言うと、しょげている俺なんかには目もくれず、メットを被ってバイクに跨った。
「じゃあ、また連絡するわ」
「ああ」
ああ、待って!せめて連絡先を……と思っているうちに、バイクは走り去ってしまう。
ぽかんとしながらその方向を眺めていると、
「もう立てるだろう」
橘が言ってきた。
今気付いたけど、橘はすっかり敬語じゃなくなっている。
俺の方が年上だっていうのに。
「駅まで送ろう」
「……悪いね」
対抗するようにタメ口で返事をすると、ふたりしてベンツに乗り込んだ。
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