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短編Index


 "光厳寺"は、思った以上に立派な寺だった。
 敷地もかなり広いし、いま目の前にある住居用の家屋も外からじゃ間取りの想像がつかないくらい大きい。
「あの、すみません。斉藤といいますが」
 インターホンに向かってそういうと、出てきたのは由緒ある寺のおかみさんにふさわしい、上品そうな女性だった。橘義明の母親だそうだ。
 いい機会なので橘についてちょっと探りを入れてみると、なんと三つも年下だということがわかった。独身で、彼女無し。アイドルに仕立てるにはもってこいだ。
 現在の彼の居場所を聞いてみると、今は駅近くの不動産屋にいるという。
 自殺者の出た部屋のお祓いでも請け負っているのかと思ったら、なんと兄弟の経営する不動産会社とかで、橘もよくそこを手伝っているのだそうだ。
(お坊さんが物件案内しちゃうのかよ……)
 そっちはそっちで面白そうなドキュメントが作れそうだな、と考えながら駅の方まで戻ってみると、教えてもらった店舗からちょうど、橘が出てくるのが見えた。
 さすがに今日は普通のダークスーツだったが、それでもやっぱり、顔だちとスタイルと身長でかなり人目を引く。
「橘さん!」
 声をかけて駆け寄ると、振り返りはしたがちょっと厭そうな顔をした。
 正直な男だ。
「またあなたですか」
「ええ、また俺です。これ、昨日はお渡しできなかったので」
 すかさず名刺を差し出す。
「……企画制作会社」
「ええ、テレビ番組なんかの制作に関わってまして───
「悪いですけど、お力にはなれません」
 ぴしゃりと言い放った橘は、名刺を突っ返すとそのまま店舗裏の駐車場へと歩き始めた。
「そこを何とか!悪いようにはしませんから!これ企画書なんです、目を通すだけでも!」
 昨日、徹夜で作った企画書のサンプルだ。
 番組名は、『イケメン霊能者が行く!』。
 まあ俺なんかの企画がそのまま通る訳はないけれど、このタイトルならシリーズ化だってしやすいはず。
 ところが橘は、それを見るなりわかりやすくため息をついた。
「話になりませんね。約束があって急ぎますので」
 冷たく言うと、なんと駐車場に停まっていたベンツへと乗り込んだ。
(げっ………)
 この間はフェラーリで今日はベンツだなんて、どれだけ羽振りがいいんだろう。
 ボランティアでお祓いをやっているのも、金を稼ぐ必要がないからかもしれない。
 しかも。
「うわあ……」
 ドアを閉めるなり某R社のものらしきティアドロップ型のサングラスをかけたから、思わず声が出てしまった。
 これでは僧侶どころか霊能力者にも不動産屋にも見えないだろう。完璧に関わりたくない職業の人に見える。
 駐車場を出ていく車を見つめながらどうしてもあきらめのつかない俺は、タイミング良く通りかかったタクシーに手を挙げた。
「あのベンツの後を追って!」
 乗り込んで、ドラマのセリフのようなことを叫ぶ。
 胡散臭そうに見てくる運転手の視線をやり過ごしながら俺は、橘の向かう先がどうか近場であってくれ、と祈っていた。
 懐具合が、心細かった為だ。



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