度胆を抜かれるという表現が、まさにぴったりの瞬間だった。
軽快なエンジン音とともにやってきたのは、真っ赤なフェラーリ・テスタロッサ。
そこから降りてきたのは、高級そうな黒い上着と黒地にグレーのストライプパンツ、シルバーの襟付きベストに何故か偏光サングラスをかけた、長身の男性だった。
「斉藤さんですか?」
「………はい」
「お待たせしてすみません。お電話を頂いた橘です」
運転の為に掛けていたのか、礼服には少々ちぐはぐだったサングラスを外すと、嫌味なくらい整った顔立ちが現れた。年の頃は俺と同じか、少し上かもしれない。
「……………」
思わず言葉を失っていると、こちらの戸惑いがわかったのだろう。
「こんな恰好ですみません。この後、知人の結婚式があるもので」
人の良さそうな笑みを浮かべて謝られる。
「───いやいや、こちらこそお忙しいところすみません」
慌てて俺も頭を下げた。いくら驚いたからと言ったって、ちょっと無礼な態度だったかもしれない。
「あの、霊能者の方だと伺っていたものですから、もっとこう、それっぽい装束のようなものを想像していたというか……」
そう言い訳してみる。すると、
「霊能者なんて大仰なものじゃないんですよ。普通の僧侶とお考えください」
「………はぁ」
どうみても、今のあなたは普通の僧侶って感じでもないですよ、とツッコミたい気持ちに駆られるが、ぐっと堪えた。今日のところは、この男に気持ちよく仕事をして帰って貰って、次に繋げないといけない。うまくいかなければ、俺の仕事人としての未来はまたしても閉ざされてしまうのだ。
そうだ、今のうちにこの男の性格や嗜好を見極め、まずいところがあれば契約書に盛り込んでおきたいところだから、しっかり観察しておかないと。ただ、見た限りでは───。
(テレビ映りだけは申し分ないな)
F1、2層あたりのハートはがっちりと掴めるだろう。上司の喜ぶ顔を思い浮かべて、内心ほくそ笑んでいると、
「ご自宅でしたね、霊が出るというのは」
「はい、僕のアパートで───」
「あなたが見たんですか?」
「──はい?」
何故か橘は問質すような口調になって聞いてきた。
「あなたが霊を目撃したんですか?」
「ああ。ええ、そうです。金縛りにもあいました」
「……………」
「あの、なにか」
「………いえ。とりあえず、一度ご自宅へ伺っても宜しいですか」
「ええ、もちろんです。お願いします」
促されて、生まれて初めてのフェラーリに乗り込んだ。
もし俺が女だったら、イチコロだろうと思う。僧侶というちょっと特殊な職業も、橘の隣にいるとちょっとミステリアスだけど堅実な、魅力的な職業に感じるから不思議だ。
「どっちへ行きますか」
「あ、ええと、世田谷方面に向かってもらって……」
俺は自宅までの道順をナビゲートしながら、自然と今回の仕事のいきさつを思い返していた。
昨日の朝のことだ。
≫≫ 02
軽快なエンジン音とともにやってきたのは、真っ赤なフェラーリ・テスタロッサ。
そこから降りてきたのは、高級そうな黒い上着と黒地にグレーのストライプパンツ、シルバーの襟付きベストに何故か偏光サングラスをかけた、長身の男性だった。
「斉藤さんですか?」
「………はい」
「お待たせしてすみません。お電話を頂いた橘です」
運転の為に掛けていたのか、礼服には少々ちぐはぐだったサングラスを外すと、嫌味なくらい整った顔立ちが現れた。年の頃は俺と同じか、少し上かもしれない。
「……………」
思わず言葉を失っていると、こちらの戸惑いがわかったのだろう。
「こんな恰好ですみません。この後、知人の結婚式があるもので」
人の良さそうな笑みを浮かべて謝られる。
「───いやいや、こちらこそお忙しいところすみません」
慌てて俺も頭を下げた。いくら驚いたからと言ったって、ちょっと無礼な態度だったかもしれない。
「あの、霊能者の方だと伺っていたものですから、もっとこう、それっぽい装束のようなものを想像していたというか……」
そう言い訳してみる。すると、
「霊能者なんて大仰なものじゃないんですよ。普通の僧侶とお考えください」
「………はぁ」
どうみても、今のあなたは普通の僧侶って感じでもないですよ、とツッコミたい気持ちに駆られるが、ぐっと堪えた。今日のところは、この男に気持ちよく仕事をして帰って貰って、次に繋げないといけない。うまくいかなければ、俺の仕事人としての未来はまたしても閉ざされてしまうのだ。
そうだ、今のうちにこの男の性格や嗜好を見極め、まずいところがあれば契約書に盛り込んでおきたいところだから、しっかり観察しておかないと。ただ、見た限りでは───。
(テレビ映りだけは申し分ないな)
F1、2層あたりのハートはがっちりと掴めるだろう。上司の喜ぶ顔を思い浮かべて、内心ほくそ笑んでいると、
「ご自宅でしたね、霊が出るというのは」
「はい、僕のアパートで───」
「あなたが見たんですか?」
「──はい?」
何故か橘は問質すような口調になって聞いてきた。
「あなたが霊を目撃したんですか?」
「ああ。ええ、そうです。金縛りにもあいました」
「……………」
「あの、なにか」
「………いえ。とりあえず、一度ご自宅へ伺っても宜しいですか」
「ええ、もちろんです。お願いします」
促されて、生まれて初めてのフェラーリに乗り込んだ。
もし俺が女だったら、イチコロだろうと思う。僧侶というちょっと特殊な職業も、橘の隣にいるとちょっとミステリアスだけど堅実な、魅力的な職業に感じるから不思議だ。
「どっちへ行きますか」
「あ、ええと、世田谷方面に向かってもらって……」
俺は自宅までの道順をナビゲートしながら、自然と今回の仕事のいきさつを思い返していた。
昨日の朝のことだ。
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