「人質?そんなもの必要ない」
いい考えは無いか、と皆に問いかけたのは自分のクセに、高耶は早田の案を突っぱねた。
「けど、このほうが確実です」
「……………」
その案に対して一番に何か言いそうな兵頭は、高耶が視線を送っても何も言わない。
「卑怯だとは思わないのか」
「わしらはそんな風に思っちょったら生き残ってこれんかったがです。汚いと言われちょったってええ。絶対に確実な手段を選びたいがです!」
「……わかった。そこまで言うなら認める。ただし、絶対に人質を傷つけるようなことはするな」
誰にも文句は言わせない眼で周囲を睨み付けると、高耶は部屋を出て行った。
すると、ずっと腕を組んだまま無言でいた兵頭も後を追うようにして行ってしまう。
「傷つけられん人質など、意味がないがじゃ!」
隊士の一人が叫ぶと、呟くように早田が言った。
「隊長は味方には厳しいくせに、敵には甘いお人じゃき……」
追ってきた兵頭が何も言わないうちから、高耶は口を開いた。
「別にいい子ぶってるわけじゃない。あいつらにはちゃんと実力がついてるのに。自信を持っていいのに!」
こんな作戦必要ない、と高耶は声を荒げる。
兵頭のほうは、宥める訳でもなく同調するでもなく、いつもと変わらない調子で言う。
「わしらは正義や名声や他人のために戦ってきた訳ではありません。生活の為に戦という"手段"をとったまで。だから失敗してしまっては意味がないがです。用心に用心を重ねて確実性を求めるのは当然のこと。そうやって手段を選ばずに来たことが、赤鯨衆をここまで生き残らせ、強くした理由でもあるがです」
一息ついて、更に続ける。
「けれど今回は隊長に加えて自分もいますき、人質無しで戦闘に持ち込んでも確実性という意味では劣らないでしょうね」
少し驚いた顔で聞いていた高耶は、
「栃木あたりにお前みたいな坊主がいそうだよな」
と言った。
まるで説教を聞いてるみたいだという。
何故、栃木あたりなのかと問う兵頭には答えず、
「案外、似合うかもしんねーぜ」
と笑った。
思わず見とれてしまうほど楽しそうに笑った高耶の表情は、またすぐに真顔に戻ってしまう。
(またあの表情だ)
老人が昔を懐かしむような、子供が無心に空想しているような瞳で宙を見つめている。
近寄りがたい雰囲気が、どうしようもなく高耶を包む。
あの無遠慮な武藤ですら、このオーラを出されると声をかけられないらしい。
兵頭は、自分が母親の横顔を重ねていることに気付いた。
自分では絶対に手の届かないことを考えているであろう母親の横顔。
あの頃はそれを、神秘的で神聖なもののように感じていた。
高耶の瞳には、いったいどんなものが映っているのだろう。
(……そんな消極的でどうする)
昔と今は違う。
もうあの時の自分ではない。
不思議と惹かれるこの男の強さとはなんなのか、見極めるのではなかったか。
暴いてみせるのではなかったか。
きっと戦場を共にすることで、彼の見つめるものが解る時が来る。
ともに戦うということは何より相手を理解できるようになるからだ。
これからますます状況は厳しくなる。
高耶がそれを乗り越えていくために、今は自分がそれを支えよう。
が、あくまでも今は、だ。
高耶の見つめるものに同調できない可能性は充分にある。
その行動次第でいつでも自分は反旗をひるがえす。
隙をみせれば食い尽くす厳しさを持って、兵頭は高耶の横顔を見つめた。
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