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短編Index


 求めていたのは、ほんとうはとても小さなことだった。
 
 些細なことでも抱え込んでしまう性格を、お前はよくわかっていた。
 現代でいう"ストレス"を溜め込んだオレを、よく外へと連れ出した。
 あの時間はオレにとって、とてつもない慰めとなっていた。
 お前にとってはどうだったんだろう。
 あの瞬間もお前は、オレに対する息苦しさを感じていたのか。
 ぽつり、ぽつりと言葉を交わしながら、色んなものを眼に焼いた。
 どんな何気ない景色にも、その瞬間にしかない輝きがある。
 過ぎゆく時間を感じれば感じるほど、そのことは身に染みて理解できたから。
 
 今では、連れ立って歩き同じ景色に心を留めることも無い。
 そんなささやかな時間すら贅沢になってしまった。
 その代わり、手にしたもの。
 凝り固まったオレの心を解し、昇華させる手段。
 お前だから可能なそれは、獣欲にまみれた酷いものだった。


 そこにあったのは、ただ皮を剥がれた欲望だった。
 
 暗闇に、荒い息遣いが充満している。
 誰もこんなところに来やしないのに、用心のためにと部屋を閉め切っているからだ。
 全ての光が遮られた部屋では、いつまで経っても目が慣れるということがない。
 闇が視界を塞ぐ中、男は何事かを耳元で囁きながら、ペースを落とすことなく自分を揺さぶり続けている。
 制止の声はとうに枯れ、身体が勝手に男の動きに合わせて動いた。
 全神経を駆け巡る快感に脳細胞が呼応すれば、あっという間に限界に達する。
  ……んっ……んんっ……っあ……でるっ、でるっっ!あッ……アアア──……ッ!!
 精を吐き出して、ぐったりと崩れ落ちた。
 まるで、長距離を走った後の様だった。
 息の乱れは直ぐには収まらず、汗が後から流れ出てくる。
 痙攣の止まない全身の筋肉が、疲労を訴えていた。
 髪が額に張り付いて、気持ちが悪かった。
  みず………
 それを聞いて、男は体勢を変える。
  ………代わりにコレを飲ませてあげる
  ッ………
 男に強要された行為に、暑さも忘れて、再びのめりこんでいく。
 視覚も聴覚も触覚も味覚も嗅覚も男で埋め尽くされて、全ての感覚を支配される。


 羽織ったシャツが風をはらんで心地良かった。
 
 たった今、産声をあげた気分で高耶は立っていた。
 火照った頬を冷ましていく風は、海の香りを含んでいた。
 人は三つの頃まで、母の胎内の記憶があるという。
 高耶は三歳当時の記憶すら危ういが、胎内にいる感覚というのは分かるような気がしていた。
 真っ暗な中、羊水に浸り、母親の愛情を一心に注がれ、護られているという安心感の中で眠る。
 哀しみからも、悪意からも、世界の全てから隔離された場所。
 傍らの男から水を渡されて、それをひとくち口に含む。
 自分は今、そこから産まれてきた。
 疲労と鬱積をリセットして、世界へと足を踏み出すのだ。
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